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終わるのかクリ約

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No.1210 2018.11.21





TBSの「クリスマスの約束」を今年は放送しないという。小田和正氏も70を過ぎ、ちょっとシンドくなったということか。10年ほど前母がこれを発見し、録画して見せてくれた。コーラスなど編曲の作り込みが徹底しているのに驚いた。2001年から始まっていたので、今年で18回目となる筈だったのだが、あのクオリティで毎年やるのは確かにシンドかっただろう。2011年の30分にも及ぶメドレーなんか、プロとはいえどれだけ練習したものか。見事だった。2013年には、出演した拓郎が言ったセリフ「君を抱いていいの・・・なんて歌うヤツとは友達になれないと思った」に激しく同意した。同じ年にスタートした寺島靖国プロデュース「Jazz Bar」であるが、こちらは年末に18作目が出るようだ。今年もピアノトリオ集なのかな。



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私なんかまだまだヒヨコだった

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No.1209 2018.11.20





オーディオ誌の連載記事を書籍化した、田中伊佐資著「音の見える部屋 ~オーディオと在る人」を楽しく読んだ。楽しく読みはしたが、我が身の半ちく振りを思い知らされ、また反面少し安堵もしたところだ。
この本で、33人のオーディオと在る人々を田中さんが訪ね歩いている。ここで紹介された33人はほんの一部に過ぎず、世間にはまだまだ重篤な方が大勢おられるのだろう。私は内心自分が病気かもしれない思っていたけれど、そうだとしてもほんの軽い症状だったのである。
マンモス・オーディオに囲まれた方々が多数登場する。凄いね、とは思う。だがそうしたものに、私は最早驚かなくなった。本書で最も感銘を受けたのは、茨城在住のSさんだった。ある時、田中さん宛のメールが編集部に届いたという。「400台のカセットデッキを所有しています。一度見に来てください」とあった。40台の打ち間違いだろう。だがそれでも凄い。というので、訪問が決まったそうだ。行ってみるとSさん宅の二階に、嘗て製造された国産カセットデッキの殆どの機種が積み上げられていた。400台に間違いはなかったのである。
カセットデッキの音と姿かたちに惚れ込んだSさん、コツコツと中古店で買い揃え、一台一台修理して使えるようにしているそうだ。何のために?もしかして売るの?ばかなことを。大事なコレクションを売るだと?特に理由などありはしない。カセットにずっと触れていたいだけ。カセットフェチのSさんは、そうすることが好きなのである。これをマニア、趣味というのだ。Sさんこそが趣味の王者だ。ちょっとあぶないけど。








LONG CHRISTMAS !

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No.1208 2018.11.19





早くもクリスマスツリー出動。今年はコストコで仕込んだオーナメントを、てんこ盛りの全弾投入だ。赤いリンゴを却下され、結果として色合いといいなんとなく、具だくさんの炊き込みご飯を連想した。片や家人曰く、完璧すぎて少し可愛げが不足しているそうだ。その実満足げなんだが。
クリスマスはいくつになってもいいよね。これであと、暖炉など部屋にあれば言う事なしだけど。本場じゃ暖炉で栗をローストするんだろう?まあそれはちょっと難しいのではないか。なんたって基本コタツでミカンの国だから。無理に気取って暖炉なんかこさえても浮くだけだ。かわりに、というかこの完璧なクリスマスツリーを、義母みっちゃんの希望で今回は年明けまで飾っておくことになろう。今日から家の主役になったクリスマスツリーを眺める初冬、雪はまだ降らない。Makining spirits bright !








MANY IMPACT

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No.1207 2018.11.18





グリーンランドの氷河の下に、直径30キロもの巨大クレーターを発見したそうだ。300万年前に直径800メートルの小惑星が衝突したのだとか。
地球に降って来る天体は無数にあり、その殆どが大気圏で燃え尽きている。だが中には地表に到達するものがあり、時にはクレーターを形成するほどの規模になる場合もある。実はグリーンランドのクレーター、特に大きい方ではない。三大インパクトと呼ばれる、より深刻な事象が過去にあった。
<メキシコ  チクシュルーブ・クレーター>
直径160キロ。6500万年前に直径10キロほどの小惑星が衝突した。恐竜絶滅の最も有力な原因と考えられている。
<カナダ  サドベリー・クレーター>
18億年前に形成。クレーターは既に風化している。衝突時の直径200キロ程度と推測される。
<南アフリカ  フレデフォート・ドーム - 画像 ->
直径190キロ。衝突時には直径300キロ程度だったと推測される。外輪部は風化した。現在発見されている最大のクレーター。
同様の事象は今後も起きる。その時人類がまだ滅亡していないなら、恐竜と同じ運命をたどることになるだろう。






そろそろ良くなる頃だと

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No.1206 2018.11.17





私の会社は10月決算なので、現在新期に入ったところだ。前期の最終的な数字まだ確定していないのだけれど、あまり良い業績でないのが既に分かっている。
上図は東京の地価とRC建築コストの推移である。札幌でも一部例外を除き地価が上がっており、建築コストの高止まりも続いている。特に建築コスト上昇が、私の商売を直撃している。コスト上昇分を直ちに販売価格に反映できない以上、ストレートに利益率が下がるからだ。
2011年頃から今回の高騰が始まった。震災復興需要にオリンピック需要が重なったせいだ。根本的な原因は人手不足にある。1997年に685万人だった建設業人口が、2017年には498万人と三割も減少している。人手の少ない所へ過剰な需要が発生したために、2013年以降建築費が三割上昇するという分かり易い構図となった。例えば木造住宅の新築は、普通なら三か月もあれば完了するのだが、それが人手不足で倍に延びる。事実、倅の新居は完成までに半年かかっている。コストが上がるだけでなく、資金回収までの時間も延びてしまうのだ。
この傾向はオリンピックまでであり、以後下降線を描くという見方がある。一方、オリンピック以降も高止まりが続くという経済評論家もいる。さて、どうなるか。復興需要すでに一服し、オリンピック特需も去れば、建設業界を取り巻く状況は大きく変わるだろう。私は前者だと思う。希望もこめて。







良いことだ

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No.1205 2018.11.16





タイヤ交換完了。これでいつ雪が降ってもOKなのだが、できればもう少し降らずにいてほしい。
新型ラングラーの発売日が来週に迫るジープのディーラーである。相変わらず客がおらずガランとしているけれど、祭りの前というか嵐の前の静けさ的ムード漂う。カタログも出来ていないのに、新型のJLに30台以上の予約が入っているそうだ。なにしろ最初の予約が入った時、まだ値段すら決まっていなかったのだとか。皆笑顔で忙しそうにしているのを見ると、商売売れてナンボがよく理解できる。何よりも売れることが現場を活気付けることも。
今年で20周年だという。率直に申し上げて、よくもったと思う。現在フランス車が日本で売れているようだが、基本的にドイツ車以外の輸入車ディーラーは、経営的に厳しいのが変わらぬ現実だ。特に地方において。レンジやMGFを買ったガレージ札幌など、とっくに消滅してしまった。どんな商売も、継続するのが容易いことではないのを私もよく知っている。繁盛祈念いたします。



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テニススクール事情

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No.1204 2018.11.15





毎週水曜日、私が通っているテニスのレッスンに、来週から妻が参加しそうだ。彼女も水曜日には時々別の会場へ行っていたのだが、その建物自体が無くなってしまった。それで練習不足を恐れ、場所を求めたということなのだ。来シーズンが最後の選手生活となるのを、妻は覚悟しているようだ。悔いのないように練習したらいい。
私としても都合が良いのである。このテニススクールの客のレベルが不満だった。テニスのレッスンは、参加者のレベルの統一がとても大事。こんなことけして言いたくないけれど、今さら謙遜してもしょうがないからはっきり言えば、テニスを40年も継続してきた私は上級者だ。別に威張るわけじゃない。誰だって40年もやれば自然にそうなるだけだ。毎週5時間テニスをすると、年間260時間になる。それを40年継続したら10,428時間、つまり434日にもなる。私はこれまで、人生の1.89%の時間をテニスに費やしてきたのだ。そう考えると凄い話だが、特に後悔はしていない。だから私のクラスは上級クラスであり、その名の通りに同程度の客が揃えばレッスンが面白くなる。ところがこのテニススクールではそれが出来ていない。上級者の客が少ないからで、とてもじゃないが厳格なレベル分けが可能な状態ではない。だから同じクラスの過半数、というかはっきり言えば殆どが中級程度である。
それでも金を払って通っている訳は、他に適当な場所がないという話に過ぎない。逆に若いヤツばかりの超上級みたいなクラスはもうシンドくなった。速い球に目がついていかない。私みたいな爺の上級者を集めたクラスがあれば・・・それはあまりにも虫のよい無いものねだりであるらしい。爺の上級者はくたばりやすいからだ。
夫が言うのもなんだが、幸い妻の腕前には一応の及第点が付けられる。まともな人がひとりでも増えればレッスンが形になりやすい。妻の参加を歓迎する。











Dream

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No.1203 2018.11.14





クロード・モネは1840年の今日パリにうまれた。晩年に睡蓮の絵を大量に描き、その一枚がローランド・ハナのアルバムジャケットに採用されている。夢見る頃をすぎても、人は夢を見続ける。たとえそれが悪夢でも、夢を見るのが生きている証だ。
圧迫骨折で入院していた母が退院した。リハビリ病棟から老健施設への直行は世間体が悪いとかで、ワンクッション置くために一泊だけ我が家に滞在することになった。二か月近くも退屈な病院暮らしで大変だっただろう。そして明日からまた違う場所で暮らす母。それでも楽し気にしている母。何と言っていいか分からない。一泊だけだがゆっくりして。そして良い夢を。






脅かすな

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No.1202 2018.11.13





レコードラック製造元のホームページに、我が家へ納品された現物の画像が出ていた。こういう場合、何故か実物より立派で良さげに見えるのが不思議だ。
オーディオを繋ぎ終えて、二週間ぶりに音を出した。何かおかしいのである。音像が左に寄っている。プリアンプのバランスを操作して、ボーカルを中央に定位させることは可能だ。そうすると左右のレベル差が6㏈にもなる。これはいくらなんでもない。オイオイ、いったいどうした?工事の影響?
思い余ってB男に相談してみた。スピーカーの接続を左右入れ替えてみろとB男。それでも変わらないなら部屋、音像が右に寄れば機器に問題あり。そうなのだ、オーディオマニアの常識である。私は気が動転し、それを忘れていた。さっそくやってみる。音像が右に寄った!どこか壊れたの?そうではなかった。DAC > プリ間のケーブルだった。こいつを入れ替えると、ウソのように直ったのである。根本的な原因不明なれど、ともかくケーブルが何らかの悪さ成し、不気味な不具合を発生させていた。オーディオは生き物であるとB先生。一々ごもっとも。









流血の日曜日

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No.1201 2018.11.12





息子が孫を連れ二人でやってきた。オーディオ再構築の手伝いを頼んだのだ。壁をいじる為に部屋の中央へ寄せたラックから、一時的に置いた機器を降ろし、ラックを定位置に戻して機器を納める。考えるだけで腰が痛くなる。だがやるしかない。覚悟を決めてとりかかる。朝から晩までかかりやっと完了。一人では到底無理だった。



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その間ずっと孫を抱いていた婆。私以上に疲れたかもしれない。おかげではかどった。



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母親不在で情緒不安定気味。だがめったにない機嫌のいい時間帯にはハイハイも。そっちへ行くなと思う方向へ彼は行き、触らないでと思うものに触る。あと一年もすれば、それらにクレヨンで書きはじめるだろう。
前日の疲労からか妻、翌朝派手に鼻血出しこれが止まらない。耳鼻科の当番病院を調べたら新川で、遠いが行くほかなかった。病院に到着するまで出血続く。安田大サーカスのような医師曰く動脈だという。サディスティックな電気ゴテで焼く処置となり、これでやっとおさまった。日曜テニスはお休み。
夜、ナギのテーマソングが「街へは帰れない」に決まる。ALL THINGS MUST PASS !








レコードラック設置

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No.1200 2018.11.11





待つ事ひと月、レコードラックが届いた。機能的に十分な内容だ。それはそうだろう、単にレコードを入れるだけの棚なんだから、よほどのポンコツでなければ機能に問題なんか起きる訳ない。ただし工作精度・塗装などが、金額に見合ったクオリティかと言えば必ずしもそうではなかった。期待した品質をクリアしているとは言い難い。半額くらいなら、この質感とバランスが取れるだろうか。つまり残り半分はサイズオーダーの代金である。それでもディスクユニオンのカラーボックス的なモノを置くより、だいぶマシだったのは間違いあるまい。
レコードを納めたら9マスのうち5つが埋まった。残り4マス空いているのも殺風景なので、あふれていた本などを便宜的に並べてみた。これはこれで収まりよく、今後この4マスにレコードが入るかどうか、実際のところ何とも言えない気がしてきた。
それにしてもレコードというもの、思いのほか重くて驚いた。大した量でもないのに、二階から降ろしただけですっかり筋肉痛だ。







確かにあっという間だった

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No.1199 2018.11.10





道民を仰天させた20年前の今日、「たくぎん」が破綻したのである。あとから聞くところでは、ずい分無茶な融資をしていたようだ。だがそれは上層部の経営が傲慢であり杜撰だったということで、当時私の世代の行員らは概ね実直な連中ばかりだったように思う。地元のエリートらしく歩んだ順風満帆な人生の、半ばで起きたそれは突然の蹉跌だった。だが彼らの多くが事後を上手く立ち回り、路頭に迷った話を聞くことはなかった。酷い目にあったのは専ら株主だ。資産株だと思ったものが、どっこい紙クズと化したのだから。
あれから20年が過ぎ、私は還暦をとっくに超えていた。自覚を置き去りにしたまま、恐ろしいほどのスピードで時間だけが過ぎ去った。気付けば孫すらがこの世に存在している有り様である。私の20年は何だったのか、ふと思う今日。だが今さら多くを語るまい。取り立てて何かでなどあるものか。毎日ただ飲んでばかりいたのだからな。






ドウダンツツジ鮮やか

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No.1198 2018.11.9





満天星と書くそうだ。実物は画像よりもずっと鮮やかに赤い。
フランシス・レイが亡くなり、「白い恋人たち」事件を思い出した。1968年グルノーブル冬季五輪の、記録映画のテーマをフランシス・レイが書きヒットした。父に連れられて、我々兄弟は映画館でこの映画を観たのである。映画自体どうという事もなかったと思う。中身を覚えていないからで、覚えているのは他のことだ。
当時札幌の封切館は二本立てが普通だった。「白い恋人たち」を観に行った札幌の小学生全員が、同時にもう一本の映画も観ることになった。それがフィリップ・ロス原作の「さよならコロンバス」だった。セックスと避妊についての過激な内容だったのを今でも覚えている。新人だったアリ・マックグローが出ていた。
性教育の意図があったかどうか確認しないまま、父は亡くなってしまったが、おそらくそんな映画とカップリングだなんて事を知らなかったのだろう。映画館の暗がりで父がどれだけ慌てたか、想像すると可笑しくなる。この話を前に書いた気がするが、発見できなかった。
その後「白い恋人」という菓子が発売されている。このネーミングを映画から拝借したのなら、「面白い恋人」に目くじら立てることもあるまいに。そのようにずっと思っていた。
フランシス・レイ関連の作品では、チャールズ・ブロンソン主演の「雨の訪問者」も忘れられない。テーマ曲のシングル盤は、私が人生で最初に買ったレコードだ。もちろん今でも持っている。










カーテン縮む

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No.1197 2018.11.8





クリーニング屋からカーテン戻り、大幅に縮んでしまった。最大65ミリ。それだけではない。仕上がりがひどく、ドレープもへったくれもないヨレヨレ状態。なんだこれは、という感じだ。札幌市民なら知らぬ者とてないあのE社であり、私の衣類すべてを妻がここに出している。
その点でこれまで不満がなかったかといえばあった。ワイシャツの汚れが落ちていないことが多々あり、文句を言ったら何か強い薬剤でも使ったものか、襟の内側がヨレヨレになった。だから私のワイシャツの襟は全部ヨレヨレである。それでも我慢をしているのは、他のクリーニング屋がもっとひどいからだ。



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日本のクリーニング業界が苦境にあるらしい。市場が縮小し続けているという。可処分所得の減少によって、家計に占めるクリーニング代が減り続けているのだ。一世帯あたりで見ると、2000年に10,562円だったクリーニング代が、2015年には5,579円と半減した。それが技術の劣化を招いたとみて間違いないと思う。私は過去10年一貫して、この国の景気は良くないと感じている者の一人だ。それが縮んだカーテンによって裏付けられたように思った。これまで日本が世界に誇ってきた、職人やモノ造りが何やら怪しくなり始めている。







27L帰る

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No.1196 2018.11.7





アンプが修理され戻った。赤矢印のネジで固定されたカバーに手をかけ、裏側を覗いたらネジが意外に華奢で折れてしまった。音に関係ないので以来、こっそり両面テープで留めていたという訳だ。それで数年経過していたが、実際のところ見るたびに心痛患っていたものだ。これでやっとスッキリ人心地ついた。車に積む時には修理人Sさんに手伝ってもらい、降ろす際はB男に助けてもらった。以前ならば一人でできたのにと少々情けないけれど、重さに耐えかねて落下などさせれば元も子もない。ありがとう、助かりました。またお願いします。
右側は倅に渡したガラード401のステップアップトランスである。100Vを240Vに変換する装置だ。白矢印のスイッチが劣化してもげてしまい、27Lと一緒に直してもらった。今回緑から赤に変わり、いい感じになった。緑に光るスイッチがどうも好きじゃなかったので。うっかり他の機器を挿したら大変と、「240V only」の表示もしてくれたSさん。本来このように単純な修理をする技術者ではないのだが、長年の付き合いと貢ぎ物ワインの効果だろうか快く引き受けてくれた。ありがたいことだ。









小春日和

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No.1195 2018.11.6





このところの陽気で助かっている。これなら秋も悪くない。天候と感情には密接な関連があるので、今年の秋おそらく多くの日本人が心穏やかに過ごしていることだろう。紅葉など見たところで普通なんとも思わない私が、いいなあとしみじみ感じ入るのは気温のせいである。これがあと2週間も続いてくれるなら、きっと次の冬を乗り切る助けになるだろう。紙飛行機のように低空飛行で冬に入ればすぐに墜落だが、高い所からグライダーで滑空し始めるなら到達距離も延びてゆく理屈だ。このまま暫くいい秋でありたい。
実は昨晩からまた左足の親指が痛い。腫れてもいる。どうやら痛風らしいのである。これで三度目。最初の発作から八か月で二度目が来ている。それが7月の下旬だった。その時八か月以内に三度目があれば、専門の病院を受診しようと書いている。そして三か月ちょっとで三度目という訳だ。悩ましい。というのはこの件で、現在知人医師から薬の処方を受けているからである。毎月彼の診察室を訪ねているのに、お前を見限って他へ行くぞ、と言うのはよほどのことである。そして今回の症状が軽いからだ。弱ったな。
レコードラックの製作者から完成の連絡あり。木曜日にはこちらへ届きそうだ。これで新たに数百枚分の収納場所ができる。現在はみ出しているのを収めても、私の計算では多分三百枚程度の余力がある筈。楽しみだ。









パソコンめ!

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No.1194 2018.11.5





工事で外したあと接続し直したインターネットのモデム。急に調子が悪くなった。繋がったり繋がらなかったりしていたが、今朝まったくペケとなる。どうなんだこれ。とりあえずテニスがあるので出掛ける。冬の期間レンタルが始まり、今シーズンは最高齢となるSさん参加。よく来てくれました。
テニスも終わり家に帰って家人プロバイダーに電話。あれこれ指示を受け操作するが埒明かない。
ついに「業者を手配します。何時になるか分かりません」という鬱陶しい状況に陥る。既に飲み始めていた6時過ぎ、プロバイダーの下請け業者到着し、モデム交換「10年以上前の機種ですからねえ。もったほうだと思いますよ。はい、これで大丈夫」とドヤ顔で帰っていった。
さてと、ではブログを更新しますか。パソコンに向かう。だがまたしてもネットに繋がらない。そればかりか、書いたヤツが皆消えた。唖然呆然馬鹿野郎。パソコンは便利だ。それは認めざるを得ない。だが性に合わない。合う筈がないだろう。血圧急上昇したのが測らずとも分かる。








片付ける

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No.1193 2018.11.4





あらかた完了した今回の工事。残すところエアコンとロールスクリーンだけとなった。こいつを忘れていた。閉めきったカーテンの奥でミイラ化しており、今回交換となっていたのだった。ロールスクリーンの取り付けが終わらないと、オーディオのラックを戻せない。あと、洗濯に出したカーテンもまだだ。カーテンなしがこんなに暮らしづらいとは知らなかった。そこで家人、テーブルクロスや嘗てロリだった頃の薬師丸ひろ子嬢のポスターなどを窓に貼りつけはじめ、これが短期間といえども極めて貧乏臭く閉口する。昼を過ぎた頃、快晴の直射日光がスピーカーのコーン紙を直撃。これはいかんと泣き付けば、家人二階よりカーテンを外してくる。なんとサイズぴったり。
さてと、出来るところから片付けよう。まずはパソコンの復旧からだ。しばらく外している間に機嫌を損ねたらしく、インターネットに繋がらない。しかしこれは私がテニスから帰ったら解決していた。どうやったのかと尋ねれば、つけたり消したりしていたら繋がったそうだ。パソコンのそういう所が嫌い。人をバカにしている。繋がったあとも調子悪いし。
私はCDのラックを戻す。せっかく格好良くできた石の壁が一部隠れ、少しだけ残念だ。ダンボールに入れて二階へ上げていたCDを棚に戻す。今日はこれでおしまいだろう。










工事ほぼ最終日

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No.1192 2018.11.3





工事三日目。ちょっと疲れてきた。家に帰ってもくつろげないのが思いのほかこたえる。過去に何度か似たような経験をしているのだが、年のせいだろうか。おそらくそうだろう。劣化するのは体力ばかりではない。気力も同時に弱るのだと、最近つくづく実感するようになった。だが今日で今回の工事のヤマ場を越える筈。やれやれだ。あとはこのチャンスにと家人が甥に依頼したエアコンの更新と、オーディオをはじめとする動産のリセットである。エアコンは業者任せだが、動産の移動にまた息子の手を借りることになる。多分次の週末だろう。孫も一緒に来るのかな。







二階にて鍋

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No.1191 2018.11.2





在宅リフォーム工事は職人も家主も余計に大変だ。特に家主の負担が大きい。居場所がないのである。作業終了してもこんな状態。一階で食事をするのは工事完了まで困難だ。元息子の部屋で現在妻のアトリエと化した二階の部屋にコンロを運び、鍋をつつきながらこれが最後の大規模リフォームだなと思った。
疲れて7時過ぎ就寝。丑三つ時目が覚める。それから寝付けず、起きて下でコーヒーを淹れ本を読む。ストーブを外しているため、床暖房のみだ。しかしこれでは寒い。4時頃再びベッドに戻り二度寝。生活のリズム大いに乱れる。





工事始まる

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No.1190 2018.11.1





壁の工事に備えてこちらでもやっておく事がたくさんあった。20年ぶりにカーテンを外す。なんということだ。ものすごいホコリが舞い、床に積もる。外したカーテンをクリーニングに出す。しばらくカーテンなしの生活である。



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こちら側は30年ぶり。家を建ててから一度も外したことがなかった。カーテンなしの眺め、新鮮とも言えるが落ち着かない。電気をつけたらまる見えだよな。
8時半いつも仕事で世話になっているK氏登場。続いて大工さん二人、電気屋さん二人、塗り壁屋さん二人。皆さんテキパキと作業開始する。私は現場総監督、つまり見ているだけだ。妻などは二階にこもり夕方まで降りてこない。



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工事期間中パソコンも撤去され、家でのブログ更新不能。





日増しに寒い

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No.1189 2018.10.31





二日前のインドネシアLCCの墜落で、乗員・乗客189名全員が絶望視されている。離陸直後管制塔に不具合発生を告げ、引き返す旨の通信があり間もなく消息を絶った。彼らはその生存を絶望視されるだけで終わり、恐らく最終的に全員の安否確認など出来はすまい。海の藻屑という訳だ。LCCと聞いた途端に幾何かの不安感あるなか、実際に落ちるとなれば更に厳しいものがある。以前一度だけ、LCCに乗ったことがある。窮屈な姿勢を強いられるのに加え、シートが薄く2時間でヘルニアになった。
10月29日という今回の事故の日付だが、過去に大きな飛行機事故がなく、翌30日も同様にない。ところが10月31日には四回もの墜落事故が起きている。1979年のウエスタン航空2605便、1994年のアメリカン・イーグル航空4184便、1999年のエジプト航空990便、2000年のシンガポール航空006便である。偶然だとしても、こういう日に飛行機になど乗りたくないものだ。LCCに限らず飛行機は落ちる。しかも結構ばたばた落ちる。それだけ飛んでいるという事なのだが、回数飛べば何回か落ちるのが飛行機という乗り物である。覚悟して乗るべきだろう。
1969年に定鉄が廃止されたり、89年三菱地所がロックフェラー・センターを買収してヤンキーの反感かったり、2011年には1ドル75円31銭の円高を記録したり、10月最終となるこの日、他にも過去色々あったのだが、庶民はろそろ冬への覚悟を決めるべき時でもある。最高気温が一桁になりそうな勢いだ。昨日ついに手稲山の初冠雪を観測している。寒くて泣きそうになった。この秋、ずい分引っ張ってきたけれど、これはもう時間の問題だ。








準備する

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No.1188 2018.10.30





明日から我が家に内装工事が入る。少々壁をいじるだけなのだが、その前に自力でオーディオラックを手前に出し、職人が作業できるようにしなければならなかった。これは他人任せにできないからだ。前に出すと言っても簡単なことではない。なん十キロもあるアンプ類をすべて下ろし、ラックも分割して移動させ、再度組み立ててからアンプ類を収めておく。とても一人で出来る仕事ではないので、息子の手を借りたというわけだ。
ラックの裏側は長年手が届かない状態で放置されていた。なので、それはそれはエゲツナイことになっておりました。



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一緒についてきたもうすぐ生後8か月となる孫、盛大にハイハイを始めていた。もう目を離すなんて事けして出来ない。私の顔を見るとビービー泣くのは相変わらずだ。妻の顔見てニッコリも。
この機会にレビンソンのNo.27Lを修理に出す。ちょっとした不注意で外装の特殊なネジを一本破損し、両面テープでくっつけてごまかしていた。こいつを車に積むのに大層往生したのである。こんなに重かった?それとも体力低下?久しぶりにお会いしたSさん元気そう。27Lをひとりで軽々と運ぶ。ワインを一本差し入れた。酒好きのSさん大いに喜ぶ。27Lと一緒に、息子に渡したアルテックシステムの修理もお願いする。ターンテーブル外部電源のスイッチが劣化してもげたのだ。Sさんきっといい仕事してくれるだろう。







間もなく11月

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No.1187 2018.10.29





二泊した娘と二人で母を見舞う。彼女は孫を認識したのだろうか。黙々と持参したミカンを三人で食べる。母が一つ、娘が二つ、私はゼロ。それから娘を大通まで送る。秋が深まってきた。だがこれはまだ暖かいと言えるレベルだ。昼に息子一家が来るので、三越で弁当を三つ調達する。私と息子夫婦の分だ。妻はテニスで不在。



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娘が持ち帰った「昭和残侠伝」の二作を続けて観た。何を思っての事だったのか、或いは誰の影響なのか分からない。実は父にとってヤクザ映画は初めてだった。正直なところ、娘が観ようと言わなければ一生観ることはなかっただろう。そんな風にこわばりつつ観たこの映画が、なぜ全共闘世代のバイブルだったのか、その理由が分かったのである。
秀次郎(高倉健)は、将来大企業の役員にもなった、学生運動のリーダーではないか。一般学生が共感を覚えたのは、風間重吉(池部良)やもっと下っ端の端役ではなかったか。彼らはいつも必ず死んだ。池部良などは、毎回殺されることを条件に役をうけたそうだ。
義理と人情を秤にかけりゃ、義理が重たい男の世界・・・・人情としては就職して喜ぶ親の顔が見たい。だが彼らは義理のために安田講堂に立て籠もったのだ。だから唐獅子牡丹が背中で泣いた。就職が決まって髪を切り、もう若くないさなんて、あの頃誰も言わなかった。







ドーハの悲劇

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No.1186 2018.10.28





あれから四半世紀が過ぎていた。1993年10月28日、カタールのアル・アリ競技場。サッカー日本代表はワールドカップアメリカ大会の最終予選最終試合をイラクと戦い、2-2で引き分けた。この試合前の時点において、日本は勝ち点5(得失点差+3)で首位だった。ただし2位のサウジが同じく勝ち点5(得失点差+1)、3位韓国勝ち点4(得失点差+2)、4位イラク勝ち点4(得失点差±0)、5位イラン勝ち点4(得失点差-2)と続き、既に敗退が決まっていた6位北朝鮮以外のチームには、事実上十分にチャンスが残された状態だった。
当時のアジア枠僅かに2。本戦に行けるチームは、最終予選に残った6か国のうち上位2国のみである。何が起こるかわからな最終戦の三試合が同時刻にスタートした。後半ロスタイムに入るまで、日本は2-1で勝っていた。このまま試合を終わらせる事が出来れば、日本のワールドカップ初出場が決まる。日本中の俄サッカーファンがテレビにかじりついてその時を待った。深夜の時間帯にもかかわらず、中継したテレビ東京の視聴率は50%近い数字となり、現在に至るもその記録は破られていない。
そしてあの時が来たのである。既に他会場の試合は終了しており、サウジがイランに勝って勝ち点を7とした事、韓国が北朝鮮に3-0で勝ち、勝ち点を6まで積み上げて日本に並んだ上に、得失点差で上回った事が分かっていた。多くの日本人が、サッカーの怖さと面白さをこの時知った。私もその一人だ。
帰国した彼らを数百人の暖かい声援が成田空港で出迎えた。ここでブーイングされる時が日本の本当のスタートラインだ。イラクの同点ゴールを呆然と見送ったGK松永成立はそう思ったという。
現日本代表監督の森保一氏が、この試合にボランチでフル出場している。次のフランス大会で世に出ることになる、中田英寿氏はまだ高校生だった。










紅葉定点観測

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No.1185 2018.10.27





二夜来て俄に色付くモミジかな。
ダイヤモンドオンラインに「地方新聞経営脆弱度ランキング/ワースト33」が載っていた。日本人の新聞離れが進み、現在新聞を定期購読している人およそ3500万人程度と推測されている。そのうち多くが中高年であり、今後の数字の先細りを防ぎようがないだろう。お茶の間からアイロン台と固定電話と新聞が消えつつある。既に我が家には三つともない。
日本に地方紙がいくつあるのか調べてみた。北海道21、東北28、関東12、中部43、近畿20、中国16、四国6、九州16、沖縄6。これにブロック紙と呼ばれる北海道新聞や中日新聞を加えると170を超える数だ。ネット社会となった今日、これらがすべて生き残るとは最早考えられない。そもそも新聞とは屡々廃刊となるものだった。身近なところで1998年に北海タイムスが破綻している。そしてこの「ワースト33」中32位に道新が入っていた。全国紙も相当苦しいと聞いている。この先新聞はどうなるだろう。







それでも呑む依存症

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No.1184 2018.10.26





ニューズウィークによると、アルコール摂取がDNAを損傷し発がんリスクを高めるという。そこまでなら既に散々聞かされてきた話なのだが、今回衝撃的なのは、ガンに関して安全な飲酒量などないとの結論にある。一方でアルコールを効果的に処理できなければ、DNA損傷のリスクが更に高まるとも言っている。これは特にアジア系を念頭に置いた話だ。
DNAの損傷によって発生しやすいガンに、口腔ガン・咽頭ガン・食道ガン・乳ガン・肝臓ガン・大腸ガンがある。かつて父親が大腸ガンを患った。確かに父は酒好きで、酒癖の悪さときたらまさにハンパなかった。ただし死因は医療過誤による急性膵炎である。医者なんかけして信用できない。だが信用できようができまいが、いずれ皆必ず死ぬので、結局大勢に影響ないのもある程度事実であろう。
厚生労働省の飲酒ガイドラインによると、節度ある飲酒量は一日当たり純アルコール換算で20gまでらしい。ビール中ビン一本、日本酒一合、ワイン二杯程度となるが、女性と高齢者については、この半分程度が望ましいとされている。蛇の生殺しの例えもあるのだが。








晩秋なり

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No.1183 2018.10.25





庭のもみじが赤くなってきた。
去年の今頃札幌に初雪が降っている。ブログを振り返ると分かる。こういう時唯一役に立つのが、まさに備忘録だ。今年はありがたいことに暖かく、まだそんな気配まったくない。この調子でもう少し秋を楽しませて欲しいものだがどうだろう。
何か食べたいものある?と毎日のメニューに行き詰った家人問う。秋らしい食材といえば何だ。鮭はあまり好きじゃない。秋刀魚と九条葱の柚子風味カルパッチョ/アンチョビと松茸と銀杏のスパゲティ/炙ったタラバガニをポン酢で/白老牛ヒレ肉のロースト 山葵を添えて・・・こんな感じでお願いします、と言うだけ言ってみた。





どくとるマンボウ

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No.1182 2018.10.24





北杜夫さんの七回忌である。どくとるマンボウシリーズが好きだった。特に自身精神科医でありながら、自らの躁うつ病をユーモラスに語る、その軽妙な筆致に惹かれた。こんな医者ばかりなら、患者も心穏やかに死ねるのだが。
代表作「楡家の人々」や、芥川賞受賞作「夜と霧の隅で」をも夢中になって読んだのに、無論もう中身は憶えていない。歌人斎藤茂吉の次男で本名斎藤宗吉なるも潔しとせず、北杜夫を名のり享年84。






レイテ沖海戦

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No.1181 2018.10.23





1944年の夏、マリアナ沖海戦の大敗北の結果、日本は既に絶対国防圏と位置付けた南洋サイパンを失っていた。「I Shall Return」の言葉通りに、どうしてもフィリピンを奪還したいマッカーサーは1944年10月17日、マリアナに続いてフィリピンへの上陸を開始した。これに対し帝国海軍は、残存兵力をかき集めてフィリピンへ向かい、10月23日、アメリカ海軍太平洋艦隊との間に人類史上最大の艦隊戦が始まった。とは言えその戦力は、帝国海軍の空母4隻に対し、アメリカ海軍空母35隻と圧倒的な差であった。
この時、日本側の狙いはアメリカ海軍主力ではなく、レイテ湾に侵入した大輸送船団にあった。アメリカの主力艦隊と真っ向から勝負しても、到底勝ち目のないことが分かっていたからだ。この目的達成のため、空母をはじめとする自軍主力艦隊を囮に使ったのである。この作戦は途中まで日本側の思惑通りに進み、あとは栗田艦隊がレイテ湾に突入して敵輸送船団を撃滅するのみだった。レイテ沖海戦で特筆すべきは、無論第一に栗田艦隊謎の反転だ。そして囮となった戦艦武蔵の沈没だろう。尚、神風特攻隊がこのレイテ沖海戦から、正式な軍の作戦として編成されている。



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2015年3月、マイクロソフト創業者の一人であるポール・アレン氏率いるチームが、水深約1000mのシブヤン海海底で武蔵と思われる船体を発見した。これまでにアレン氏は、戦艦山城や扶桑、空母レキシントンなどを発見している。フォーブス最新の長者番付で、2兆円を超える資産により全米21位にランクされた氏は、先週癌のため65年の人生を終えた。







影差す

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No.1180 2018.10.22





今シーズン最後かもしれないテニス日和。次週私は用あって参加出来ないので、何れにしても今シーズン最後の外テニスだった。楽しさ中くらいなり。この画像実はまだ午後2時過ぎである。早くも隣のマンションの影が伸びてコートにかかる。夏の間こうはならなかった。白内障の目に球が見難く辛い。あと何シーズン出来るかなと思ったが、特に悲観的になるでもない。今まで既に十分やったからだろう。何事にも終わりがあって当然。最近ではそろそろ頃合いかなと思いはじめているところだ。
日曜日から始まったWTAファイナルズに、現在ランキング5位につける大坂なおみ選手が出場するらしい。この大会を中継するのがDAZNである。地上波でもBS・CSでもないネット配信だ。そういう時代になっている。PS4があればこの試合をテレビで観ることが出来るそうだ。一か月無料体験というのもあるという。これはやるしかなさそうだ。






コンバット!

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No.1179 2018.10.21





声優の田中信夫さんが亡くなった。享年83。田中さんは無論多くの吹き替えやナレーターをされたが、とりわけ個人的に重要なのがコンバットのサンダース軍曹だった。ノルマンディー上陸後のフランスをドラマは描いていた。この戦争は間もなく終わる。だがそれまでにまだ多くの者が死ぬだろう。サンダース軍曹のどこか悲しげな眼差しと、田中さんの声がよく合っていた。
サンダース役のビック・モローは1982年、トワイライトゾーン撮影中にヘリの墜落にまき込まれて事故死している。53歳だった。





戦車の世紀

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No.1178 2018.10.20





1918年10月にイギリスからマークⅣ戦車を輸入してから100年。陸戦の王者戦車は大きく変わった。全長8m乗員8名で最大速度が僅か6km/hだったマークⅣ、実は1945年まで靖国神社に展示されていたというのだが、戦後のどさくさで行方不明となっている。残念なことをした。
陸自の最新鋭戦車10(ヒトマル)式は全長こそ9.4mとマークⅣと大差ない。だが最大速度70km/hと飛躍的に機動力が向上しており、乗員も3名まで合理化され、これはまさに隔世の感がある。
日本が世界に誇るマニアックな10式。何よりスラローム射撃が可能な戦車は世界で唯一10式だけだ。因みになぜ「ヒトマル」の読み方に拘るかと言えば、「ジュウ式」と読んで女性自衛官にバカにされた苦い経験があるからだ。フン、口ばっかりね。女はそういう事に容赦ない。



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この素晴らしい戦車は従来のタイプから大幅に軽量化されているのも特徴の一つで、諸外国の主力戦車よりも10t以上軽く作られている。各国陸軍の注目を集める10式だが、調達価格はやや高目だ。アメリカ陸軍のM1(約8億円)よりも高く、中国のZTZ-99(約2.5億円)のなんと4倍である。一輌約10億円の10式を陸自は今年度までに93輌調達し、北部方面隊第2師団(上富良野)東部方面隊第1師団(静岡)等に配備している。








いつか手放しに喜びたい

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No.1177 2018.10.19





16日に埼玉スタジアムで行われたキリンカップウルグアイ戦について、新キャプテン吉田麻也が「手放しで喜べない」と語っている。
現在FIFAランキング5位、先のロシアワールドカップベスト8のウルグアイから、なんと4点取って勝った日本。12日、55位韓国に1-2で敗れ国内で猛烈批判続出したウルグアイとしては、続けて54位の日本に敗ける訳にはいかなかった。親善試合の域を超える本気モードの強豪に、日本代表が勝つと思った関係者は多くなかっただろう。だが代表チームの内部では違う見方があったと思う。つまり勝てない相手ではないと感じる者がいた。ただの怖いもの知らずや空元気でなく、客観的に相手との間合いを知る者がいた。それが中島翔哉であり、南野拓実であり、堂安律だ。
彼らは自分の力がウルグアイに通用する事を十分に心得ていた。実際ウルグアイを上回るほどに上手く速く正確であり、且つ冷静だった。だから自分らのゴールに驚いた様子が一切なかった。そしてこの勝利を当然の結果と受けとめていた。なぜ彼らをロシアに連れて行けなかったのか、それがまったく理解できない。フランス大会におけるカズ事件に次ぐ、これは日本サッカー史に残る悔恨事となるだろう。
しかし一方でこの時、日本代表は3失点してもいる。サッカーで3点取られたら普通は勝てない。中島・南野・堂安とて、いつも4点取れるわけではないからだ。だから吉田は手放しで喜べなかった。サッカーの人材はシャンパンタワーのように、前の方から優先的に供給されるものだ。だが人材供給が間に合わず後ろのDFとGKの弱い国が、ワールドカップで上位に残るのは極めて困難である。日本代表のDFとGKが世界レベルになる、つまり日本がサッカー強豪国となる、その日はまだまだ当分先の話になりそうだ。



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介護老人保健施設

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No.1176 2018.10.18





母の入院先で担当医とケースワーカー交えてのミーティングあり。退院後母をどうするかという話だ。現在サ高住の順番待ちをしている状態で、そこが空くまで入院を継続するという選択肢もまったく無くはない。だがそれは母にとって好ましくないと医者は言う。むこうの都合もあるのだろうが一応彼の言い分によれば、現在の入院生活とはわずかなリハビリタイム以外基本的にベッドで寝ているわけで、刺激が少なく筋力も低下するばかりだと。そこで退院後暫く私の家で暮らすのが可能かどうか訊いてみた。それもお勧めできないという。ふらつきがあるので、トイレの際必ずナースコールするよう求めているのだが、認知が進んでいるため一人で行ってしまう。昼間はともかく夜はさらにふらつきが強く、家でどんな事故になるか分からないとのことだった。本来三か月は常時要装着のコルセットも勝手に自分で外してしまうという。とても面倒見きれないのではないかと。確かにこの日も病院で、ひとりトイレから出てきた母にバッタリ遭遇した。面談後病室に行ったら、母はベッドで寝ていたのだが、外したコルセットが脇に置かれてもいた。ではどうするか。ケースワーカーは「介護老人保健施設」がよろしかろうと言う。いろんな施設があるのだな。介護老人保健施設とは病院とサ高住の中間にあたる施設で、医師と看護師が常駐しているそうだ。ディサービス的なレクレーションに参加でき、リハビリや現在処方されている薬の継続も可能になる。今すぐ入所可能な施設を、来週見学に行く段取りになった。その前にこっそり現地を見てきた。「ここかぁ・・・」というような所だった。









愛慕せず

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No.1175 2018.10.17





母の見舞いに来ていた叔母夫婦を家まで送り、aiboを見せてもらった。かわいいでしょう?と叔母しきりに同意求める。そうかな・・・どうもついていけないな。ナマの子犬と殆ど同じという人もいるが、とてもそんな風に感じられない。かわりに思うこの違和感何なのか。あとで気付いた。子犬のワルツ的な躍動感がないのだ。
だが、それだけで終わらないかもしれない。こちらに想像力が不足している可能性はある。ぬいぐるみの類を、私はかわいいなどと感じたことがないし、南極2号にも劣情を催さない。それらと同類の少し動く物体、aiboの認識やっとそこまでである。これはまさに感受性の問題かもしれないな。ごめんなさいね。だが悪いけど、こんな物が我が家にあったら邪魔なだけだ。







カレンダー2019

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No.1174 2018.10.16





来年の海自カレンダーが出ていた。多分娘がクリスマスに買ってくれるだろう。
「すべての隊員が強い誇りを持って任務をまっとうできる環境を整える、これは政治家の責任だ」憲法への自衛隊明記に意欲を示す安倍首相の、観閲式での発言である。これに対し週末にJNNが行った世論調査によると、安倍内閣を支持すると答えた人が51.7%いた。7か月ぶりに支持が上回ったのである。しかし一方で憲法改正案を次の国会で提出すべきかの問いで、52%が反対と答えている。容易い道のりではないようだ。他方来年10月、今度こそ消費税は10%になりそうだ。まいったな、商売に影響しない筈がないのである。






U-2

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No.1173 2018.10.15





前日U-2による偵察で、ソ連の戦術核ミサイル基地を発見していたアメリカは、1962年10月15日キューバを海上封鎖した。所謂キューバ危機である。当時アメリカは、ソ連本土を攻撃可能なICBMを既に配備していたが、ソ連側はまだ開発段階にあった。核抑止力の意味がよく分かる歴史的事例である。
U-2はロッキード社がF-104をベースに開発した、乗員一名の高高度強行偵察機である。高度2万5千メートルの成層圏を、偵察用カメラを積んで飛行できる。その20倍も離れた軌道上から情報収集する偵察衛星よりも、遥かに精度の高い情報収集が可能なことから、初飛行が1955年となるこの機体を現在も米空軍が運用している。パイロットが着用する宇宙服とほぼ同等の特殊スーツには、ヘルメットなど数か所にチューブが付けられ、食料摂取や呼吸・排泄のための外部装置と接続されている。キューバの核ミサイル発見から二週間後、再度の強行偵察時にソ連の地対空ミサイルによって撃墜され、パイロットのルドルフ・アンダーソン少佐が死亡した。彼が搭乗したU-2の残骸が、現在もハバナの革命記念館に展示されているという。









感慨アリ

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No.1172 2018.10.14





息子が30歳になった。無論まだまだ頼りない。でも結婚し子供が産まれ、家を建てた今となっては、最早それで済まされる筈もない。誕生祝いのメールを送った。我々は年を取り貴方は大人になった。もうしてあげられる事はない。家族を守り、益々立派に生きてくれと。少し突き放し感ある。だがそれでいい。現在ラインとかいうツールが主流となり、従来のメールはすっかり日陰者らしい。私のメールを誕生日中に彼が見る確率けして高くない。画像は30年前、息子の百日記念に作ったテレホンカードである。パタリロ彷彿しよう。彼の息子と大分趣異なるのが気になる。
母の容態が急激に回復している。この分だと退院の日もそう遠くあるまい。しかしながら、退院後以前の独り暮らしに戻るのはもう無理だ。とは言え先日申し込んだ「サ高住」に空きまだ出ない。それではどうしよう、という相談を病院のケースワーカーから持ち掛けられそうな気配である。空き待ちの間入る、別の施設を紹介しましょうかと。それはどうも気が進まないのである。その期間を我が家で暮らしてもらおうと考えているところだ。








地震相次ぐ

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No.1171 2018.10.13


一瞬おかしくなったジープのサイドビューモニター、結局保証が効き交換となった。小一時間の作業待つ間、ディーラーに一人の客も来ない。こんな感じで大丈夫なんだろうか。それをスタッフの人に訊く訳にもいかない。訊かれても返答のしようがないだろうし。
出勤途中、厚真町でM4.6の地震発生。札幌も揺れたそうだが、運転中の私はまったく気付かなかった。そして同日午後には千葉県北東部を震源とするM5.3の地震が。9月末にインドネシアの大地震もあった。先だって11日にもパプアニューギニアでM7.3、同日千島列島にてM6.3と地震連発で、まさかなと思いながらも、何かの前触れではないのかと気になる。







Columbus Day

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No.1170 2018.10.12





時は大航海時代だった。1492年10月12日、コロンブスのスペイン船団が西インド諸島に到達。これをもってアメリカ大陸発見と一般的に言ってきた。しかし同じ白人種のバイキングが、10世紀既にアメリカ大陸へ進出していた証拠が残っている。さらに先住民らが居住を始めたのは、およそ1万5千年前頃と考えられており、最初に上陸した島でコロンブスらは彼らから歓待を受けた。後日コロンブスは「やつらは素晴らしい奴隷になる」と語っている。
Columbus Dayがアメリカ合衆国にとってのビッグバンだったのはある程度事実だ。ではもしもコロンブスがアメリカを発見しなかったらどうなっただろう。つまり北アメリカが南米のような平和なインディオの国であり続けたなら。嘉永年間の黒船来航なく、従って日本の開国は遅れた。幕藩体制さらに続き近代化が先送りされる間にも、欧州列強の帝国主義がアジア進出の手を緩めることはない。明治政府による中央集権国家が成立する前に、各藩が各個撃破され、日本が虫食い状態で済し崩しに植民地化されていた可能性もあった。その後の世界で太平洋戦争起こらずとも、欧州での世界大戦は起き、ナチスドイツを征する者はいない。独ソ戦で双方が生き残れば、その後ソ連が崩壊する事なく、極東は朝鮮半島の先端まで赤化された。その波がいずれ日本に押し寄せなかったと断言できない。
相対的にどちらがマシか。多分コロンブスの発見の方だろう。ジャズを発明したのはアメリカである。アメリカは世界史の必要悪だ。









サンプル届く

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No.1169 2018.10.11





月末の室内塗り壁工事のサンプルを送ってきた。45センチ角の板三枚、この中から選ぶ。結論から言えば真ん中にした。でもこの画像とは雰囲気がだいぶ異なる。こんなに赤みなく、もっとグレーっぽい。私の携帯のカメラって、今時あり得ない性能らしいな。
これもよく見えないと思うが「ストーム」という柄で、出来栄え職人のセンス次第となるだろう。



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このところ妻の血圧異常に高く、本人の弁によれば部屋が寒いせいだというのである。確かに指先に血が通っていない感じで冷たい。それで本日、今シーズン初のストーブ着火と相なった。最初は積もったホコリなどが焦げるので、毎年のことだが遠くで異臭がする。だがそれもすぐに慣れ、なんとなく心和んでくる。
これからまた半年お世話になります。くれぐれも火の用心にて。







秋深まるか

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No.1168 2018.10.10





このところ20度を上回る気温続き、暖かくありがたい秋の日々となっていた。だが今週末から気温低下いよいよ秋深まるらしく、ひと月もしないうちに初雪の話題となろう。家ではいつタイヤ交換をしようかなどと、物騒な相談が持ち上がっている昨今である。
6月から改修工事に入り、シートで覆われていた時計台の足場が外れたそうだ。工事していた事も、シートで隠れていたことも知らなかった。その間何度も通りがかっているのだが。地元民は大体そんなものだ。三大がっかりなどと言うが、特にがっかりした事もなければ感心したこともない。第一中に入ったことすらない。物心ついた時、すでに時計台はそこにあった。道庁の赤レンガやテレビ塔や豊平館なども同様で、見慣れた景色のこれらは一部である。二条市場は昔、地元の人が普通に買い物をする市場だった。今では札幌市民が行くような所ではない。
京都の錦市場もこれに似ている。そればかりか、京都は今や洛中全域が錦市場化していると言ってよく、あの街で暮らすのは想像以上に大変だろうとやや同情禁じ得ない。観光地は普通の生活に適さない場所であるから。








孫を預かる

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No.1167 2018.10.9





行事があるので子供を預かってくれと息子夫婦。快く引き受けたはいいが、まあ大変であった。妻が。
大体のところ私は、数歩後ろで見ているだけ。こいつは当てにならんと妻妹の援軍を頼み、ついでに姪までついてきて女三人甲斐甲斐しく若様の世話をする。こちらはほぼ見ているだけでも相当疲れた。半日預かっただけでこれだ。子育てってホント大変、少子化宜なるかな。なんとか無事に勤め果たし、息子一家を見送って、達成感と共に心底私はホッとした。
ところが彼ら帰った3時間後、妻が孫に会いたいと言い出す。マジですか。聞けば妹も姪もだと。なんだこの男は。大丈夫なのか、ずい分なマダムキラーではないか。恐れいりやのクリヤキンである。








CDR-HD1500の輪

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息子のシステムにCDR-HD1500を追加する。オークションで程度のいいブツがあり、今時こんなものを欲しがる者おらず易々ゲット、息子邸へ直送しレクチャーしてきた。行ってみれば大音量でピアノトリオをかけているのだが、家の造りがしっかりしているため外部への音漏れ今日もまったくない。これには改めて感心した。音漏れと尿漏れは出来れば避けたい事象である。
機材を繋ぎ、使用法など一通り伝える。ついでに腕時計を一つ生前贈与した。誕生月が息子と同じ彼女にも何かということになり、気仙沼のワイン屋さんが地震見舞ですと送ってくれたリーデルのグラスを渡した。これを妻、三越の袋に入れる偽装施す。案外悪知恵はたらくじゃないか。






秋の団体戦

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No.1165 2018.10.7





妻のチームが団体戦に出場し敗けた。これで引退すると言っている。どうだろうな、仲間が揃っていて出られるうちは出た方がいいと私などは思うのだが。押しても引いても出られなくなる日が、いずれ必ず来るのである。私がそうだ。
引退を急ぐことはない。出られないとなれば、それなりに寂しいものである。


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網越しの画像なので、なんとなく幻想的に映っている。リニューアルした水道局のテニスコートが会場だった。駐車場が足りず、車が溢れかえった。帰りには車一台やっと通れる長い下り坂を、延々バックで降りる試練が待ち構える。そうなる事が予め分かっていた筈だ。








凰 龍

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No.1164 2018.10.6





昨年11月の川崎重工神戸工場におけるしょうりゅう進水から一年を待たず、そうりゅう型潜水艦11番艦となる「おうりゅう」が三菱重工神戸造船所で進水式を迎えた。漢字を当てれば凰龍と、これもやや中華っぽいがまあ仕方ない。11番目ともなれば段々ネタも尽きてこよう。
ところで昔、高校の近くに「16番館」という名の喫茶店があった。S女子高の敷地に隣接した通路の奥だった。私はこの店でコーヒーの味を覚え、いつか自分も喫茶店のマスターになろうと思った。とはいえ私が飲むコーヒーは、常にたっぷりと砂糖&ミルク入りだった。それを飲んで大人になったと勘違いし、何の根拠もなく人生が勝手に開けていくと思っていた。私はまだどうしようもないガキで、笑うほどバカだったのだが、下手をするとそれは一生変わらないのではないか。バカは死ななきゃ治らないと言うから。
喫茶店に彼女と二人で入って、彼女の手を握ること、嗚呼それが青春。無論いつも貧乏だったが、珍しく金のある時にはスパゲティを食べタバコを吸った、あの頃のことをお前ら覚えているか。時々教師に踏み込まれ、停学になったやつもいたよな。その後のお前らの人生どうだった?いい人生だったなら幸いだ。だが多少そうじゃなくてもがっかりすることはない。大体それが普通だよ。
おうりゅうは潜水艦史上初めてのリチウムイオン電池搭載艦だ。従来の鉛電池に比べ、2倍以上のエネルギー密度を有し、五割増しの耐久性があるリチウムイオン電池は潜水艦に最適で、2011年進水の5番艦ずいりゅうから搭載が検討されていた。しかしコストの関係で見送られ、今回本艦に初採用されたものだ。建造費513億だった10番艦に対し、おうりゅうは660億かかっている。
24隻保有を目指し、海自の潜水艦が毎年一隻ずつ増えていく。そうりゅう型最終艦となる12番艦を、現在川崎重工神戸工場で建造中だ。来年の進水を予定している。名前はまだない。










ガングリオン

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No.1163 2018.10.5





ジープのサイドビューモニターがおかしくなった。斜めの点線映るのみ。そもそも助手席側ドアという変な場所に付いており、ほとんど見る機会もない。エンジンスタートすれば同時に電源入るのだが、オン・オフのスイッチがあるのでその後いつも消していた。点けっぱなしにしていればいずれ壊れるだろうと思った。見もしないのに、壊れれば後々車検なんかで余計な費用が掛かるだろうと。私結構貧乏性なのである。しかしながら、そうしてチマチマと温存図っていたにもかかわらず壊れたという訳だ。ディーラーに問い合わせたところ、まだ保証の対象だという。早速ディーラーでみてもらった。するとメカニックがいじっているうちに映ったのである。困ったヤツだ。
右足中指にガングリオンができていた。関節の潤滑性の液体がすき間からしみだして、皮下に溜まり瘤を形成したものだ。最初は10年ほど前のことで何だか分からず、とりあえず皮膚科に行った。女医さんが注射器で内容物を吸い出したが、またできるかもと言われた。その通り2年ほどで元通りに。痛くも痒くもないので放置していたが、次第に大きくなり最近テニスの時に擦れて痛いので、今回は知り合いの整形外科へ行った。針で穴を穿ち、ぎゅうぎゅうと絞られた。乱暴な男である。ちょっと痛いんすけど。少し我慢しろ。そして「またなるよ」との事だった。次は女医さんにしようと思う。





いいゲームだった

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No.1162 2018.10.4





客二人のテニススクール。コーチと三人でしこたまショット練習をした後、手すきのコーチもう一人を入れてミックスダブルスとなった。当然高レベルのゲーム展開となる。私はついていくのに必死だ。最初から最後まで、いっぱいいっぱいの全力疾走とならざるを得ない。迂闊に球を浮かせたらほぼ失点を覚悟するしかない。だから誰も簡単に球を浮かせたりせず、沈めて沈めて、作って作って、そしてマニアックに決める。試合結果は円満に、6-6にての時間切れだった。
いつもこういうテニスで在りたい。老人は偏屈でわがままなのだ。ミックスに有り勝ちな、ベースラインでのロブ合戦みたいなテニスではもうつまらない。よしんばそれで勝ったとして、そんなものに何か価値があるか。ただ退屈なだけだ。何事によらず、昨今私は益々我慢ができなくなっている。老い先短くなった今、辛抱テニスなど単なる時間の無駄である。あと何回できるか分からないのだ。やるなら今日のようなテニスだ。非常に疲れたけれど非常に楽しかった。






猛烈な勢力

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No.1161 2018.10.3





フィリピンの東海上を北上中の台風25号が、2日正午時点で「猛烈」まで発達している。猛烈、風と来れば思い出すのは小川ローザだ。しかしこの場合、それでは不謹慎な中心気圧915hPaである。まさにOH!モーレツ!なり。
このまま沖縄に接近し、24号と同じようなコースを進むようだ。また大変な週末になりそうな気配。25号はカンボジアの女性名詞でコンレイと命名されているのだが、小川ローザの方は本名を小川静代さんといい、一昨日72歳になられている。
スピーカーやラックに阻まれ、内装更新時に手出しできなかった壁を、このチャンスにリフォームしようと計画中だ。この際漆喰にしようと思った。いつも仕事でお世話になっているKさんに相談すると、漆喰は難しいという。漆喰は職人がすべてで、札幌あたりだと良い職人がいないらしい。それでエスケー化研の「サンドエレガンテ」はどうかと言う。小石や貝がらなんかが入っていて豪華といえば豪華なのだが、漆喰とはだいぶ趣違う。
他にないかと言うと、見本持参でエスケー化研の方と家にやって来た。家人加え打ち合わせの結果、「ベルアート IN」という材料を使った塗り壁にすることになった。調湿機能もあるという。コテ仕上げの紋様を、家人チョイスの「ストーム」にした。今月末の工事予定。










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