第五日 大沼そして帰宅

大沼3
No.20 2015.8.1





最終日、実際には7月22日のことである。
朝から微妙な天気で、突然降ったかと思えばご覧のように晴れたりを繰り返し、終日蒸し暑い一日だった。
傘を持って散歩しようと娘が言うのである。
そうかい、じゃあ行こうか。
父親は娘の言いなりだ。
大沼には何度か来たことがあるのに、どういう訳かこれまで歩いたことがなかった。
いい所じゃないですか。
散歩の間雨は殆ど降らなかった。



大沼1



モネの絵をジャケットに使用したローランド・ハナの「DREAM」というアルバムを思い出す。
「夢」に纏わる曲を集めたピアノトリオの企画モノだ。
「When I Grow Too Old To Dream 夢みる頃を過ぎても」最高です。

大沼というからには沼なんだけれど、畔を歩いてみれば湖との違いが実感としてよく分かる。
鯉がユラリと泳いでいたり牛蛙が鳴いていたり、ここは生態系が濃密である。


hanna2.jpg



娘を伊達まで送り、我々夫婦は5日ぶりで自宅へ戻った。
八月実施予定北半分一周のいい予行演習になった。
とにかく余裕をもって行動し、疲れ過ぎないように注意だ。
今度は二人なので余計余裕が必要になるだろう。
それと飲み過ぎないことだ。
翌日二日酔いなんかしてたら最悪だから。

今回の旅およそ1000キロを走破、平均燃費は9.7km/ℓであった。






今日も走り過ぎた

コペン
No.21 2015.8.2





軽自動車の販売が不振らしい。
今年4~6月四半期の販売台数がダイハツの場合だと、前年同期比20%のマイナスになった。
これが4月に実施された軽自動車税増税の影響だと言うのである。
7200円が10800円へと3600円引き上げられただけなのだが、随分シビアなものではないか。
しかしだ、そもそもが軽自動車以外と比べて安すぎたのだ。
不公平感で言えば一票の格差どころではなかった。

更に言えば増税後の10800円が妥当か。
いや、まだまだ安いと思う。
基本的に排気量に比例した課税自体に疑問を持つ(たとえば大排気量車=高額納税車の専用、もしくは軽自動車=低額納税車の専用レーンがあるというのなら別だ)が百歩譲って認めるとしても、他との比較でいえば軽自動車と称するモノ、最低でも20000円は負担すべきだろう。
今となっては特段優遇する必要などない。
必要があるとすれば選挙の票にとってのみであり、まさにこれを以て卑近なポピュリズムの極みとなす。
軽自動車は主に地方の家庭で二台目以降の必需品であるから、ダイハツは心配しなくても次第に回復しやがて元に戻る筈だ。



もまみ2



本日はこのコートを使った。
毎週のことだからコートを確保するのも実は大変だ。
といっても妻がやっているので私などはエラそうなことも言えない。
有難く使わせて頂いている。
今日も暑かった。
だが実は朝からすでに気配が変わっていた。
暑いには暑いのだが、ガマンできないくらい暑いかと言えばそんなこともない。
プレー中は暑い。
でも交代してベンチに座っている時は、気持ちの良い風に吹かれて幸せな気分にすらなる。
ご覧の通りのコンモリとした山を背景に持つ。
時にはリスが姿を見せたりもする。
油断していると上から蛇が落ちてくる事もあるのだけれど。








野球少年は今

大谷
No.22 2015.8.3





かつて巨人ファンだった。
V9達成の時は興奮した。
長嶋引退に涙した。
それは元々少年野球の選手だったせいもある。
我々の世代は皆が野球少年だった。
近所の原っぱで三角ベースに興じた世代だ。
私は主に三塁手で五番バッターであり、リリーフピッチャーでもあった。
後年のテニススタイルと同様に、どこか変則的な選手だった。
カーブもシュートもスライダーもフォークボールも投げられたが、ストレートの威力だけが不足していた。
当然の如く「巨人の星」の熱心な読者だった私は、江川の中国鍼引退と同時に野球への興味を失った。
だから日本ハムには全く関心がない。
そればかりか、昨日まで巨人ファンだった筈の道民の安直な心変わりに白けるばかりだ。
報われない深情けより手近な相手が良かったのだろうけれど。

それはともかく、某誌に面白い記事を見つけた。
石黒かおるさんというおそらく女性が書いた記事だ。
日本のプロ野球選手が女子アナと結婚する風潮にイチャモンつけている。
大リーガーは女子アナと結婚しないのだという。
むしろそれは御法度であり、不文律化してさえいるらしい。
関係が損なわれた時に仕事に支障を生ずるからだ。
では大リーガーは誰と結婚するかといえば、高校時代の恋人が多いと言うのだ。
「アメリカングラフィティ」などで観たプロム・パーティという卒業前のイベントがある。
そのパーティに女の子を誘い、後年の大リーガーはその娘と結婚するケースが多いという。

日本の高校球児らにそんな素敵なイベントなどない。
球児ではなかった(最早笑い話だが高校では軽音楽部だった!)私にもなかった。
だいたい共学とは名ばかりでクラスに女子は数人しかおらず、そのような企画自体成立しなかったのだ。

日本の高校球児は野球漬けで女性に免疫がないばかりかそもそもバカで、はじめから狙って接近してくる大卒の女子アナに手もなく籠絡されるのだと石黒さんは主張している。
今時の女子アナは大抵元ミス○×大ばかりであり、経験豊富で凄腕なのだそうだ。
そして大ファンであるという大谷選手がそんなけしからん女子アナの毒牙にかからぬよう心配し、「大谷君!高校時代の彼女はいないの?」と余計なお世話を焼いている。
老婆心とはよく言ったものだな。

大谷君どうする?









マレーシア機か? ①

777.jpg
No.23 2015.8.4




昨年の3月に突如消息を絶ったマレーシア航空機と同じ機種(ボーイング777)の残骸が発見された。
場所はインド洋上の仏領レユニオン島(マダガスカルの東800キロ)だ。



レユニオン



マレーシア航空MH370便は2014年3月8日の深夜0時41分、マレーシアの首都クアラルンプールを離陸し北京へ向かう筈だった。
ところが離陸から一時間後にマレーシア航空管制レーダーの圏外へ出る際、管制官と「Good Night」のやり取りを最後にレーダーから消失、そのまま消息を絶ったとされた。
しかし実際はベトナムの管制下に入る直前、左旋回して航路を逸脱マレー半島を横断後インド洋を西へ向かっている。
マレーシアとタイの空軍レーダーに捕捉されていたことが後日判明したのである。
空軍がなぜこれを放置したかといえば、通常軍は民間機にあまり関心を持たず特段の脅威とも認識されなかったからだ。
MH370便はそのまま乗客乗員239名を乗せ姿を消した。

本件には複数の不可解な謎がある。
最大の疑問点はマレーシア機がどこへ消えたか、という点にあったが、どうやらこれは決着がついたようだ。
次にこれが事故か事件かという点だ。
これについて元日航機長の杉江弘氏が「マレーシア航空機はなぜ消えた(講談社)」で事件だと断定している。
MH370便は連絡を絶ってのち約6時間飛行を続けていたことが、通信衛星などのデータから判明している。
連絡を絶ったとは、地上との交信手段である「トランスポンダー」と「エーカーズ」の切断だ。
マレーシア政府の発表では、この二つが何者かによって故意に切断されたことになっている。
MH370便は意図的に通信を絶ち、それから6時間余り飛行を続けたという。
これは事故説から合理的な説明を排除する。
一時「ゾンビプレーン説」が言われた。
何らかの事情でコックピット内の乗員が意識を失い、機体はコントロールを失ったままオートパイロットにより飛び続けたというものだ。
しかしこれはない。
コックピットとの連絡がつかない事に客室乗務員が気付き、すぐに騒ぎになるからだ。
この機体のファーストクラスとビジネスクラスには、クレジットカードでいつでも操作可能な電話機が設置されている。
そんなことになれば当然、家族などに何らかの連絡があるだろう。
しかしそうした事実はなかった。
つまり客室では最後の瞬間まで、誰も異変に気付かなかったということになる。
これはせめてもの慰めと言っていいかもしれない。








全室冷房中

台風13
No.24 2015.8.5





本日、札幌の予想最高気温34度と脅かされていた。
台風13号の影響で太平洋高気圧が日本をすっぽり覆っているらしい。
そのせいで台風は日本に近づくことも出来ず、台湾直撃コースが予想されている。
因みに台湾のすぐ東に散らばる島々が宮古島などの先島諸島だ。
あの尖閣も含まれる。
見ての通り日本本土よりも台湾にずっと近い。

遠く離れた圏外とも思える札幌にまで影響を及ぼす台風13号は相当強力だ。
汗びっしょりで目が覚めた。
洗濯物を増やしてゴメンと内心、アクロバチックな姿で眠る横の妻に詫びる。
朝5時の時点でもう27度だった。
何もかもボーッとしている8月5日の朝。
こりゃやばい。
今日は屋外テニスなのよ。



ariake3.jpg



真夏のテニスで最悪なのはハードコートだ。
やった人にしかわからない。
照り返しで死ぬほど暑いのだ。
次がオムニコートで、本日のクレーコートならかなりマシな方。
時折吹く風にホッとする。
しかしあまりの高温故か表面が乾き表土がめくれてきた。
慌てたKさんが散水を始めたが、今度は泥々になりかえって往生する状態。
こちらはそれを眺めながら段々気が遠くなってきた。

帰り際クラブハウスの横を蛇が這っていた。
「それマムシですよ」とKさん。
ギョッとして足を止めた。
マジすか?
ヤツと目があう。
チロチロと舌を出す30センチほどの小振りな蛇は、床下換気口からクラブハウスの中へ姿を消した。










リトルボーイとファットマン

リトルボーイ
No.25 2015.8.6





アメリカが広島に投下した原爆「リトルボーイ」はウラン型と呼ばれる。
ウラン235の塊二つを火薬の力で一か所に集め臨界量とするもので、この構造からガンバレル型とも言われる。
長崎に落とされた「ファットマン」はプルトニウム型である。
プルトニウム239を球の外縁部に配し、やはり火薬の爆発により中央に集めるインプロージョン型である。
そのため形状がリトルボーイとの比較で丸くなり、「ファットマン(ふとっちょ)」と呼ばれた。
かわぐち かいじ氏の「ジパング」において、沈みゆく戦艦大和艦内で炸裂したのはウラン型とインプロージョン型のハイブリッドだ。

技術的により容易なリトルボーイはウラン235が高価なためコストがかかり、二か所のウランを合体すれば必ず臨界量を超過するので運用上の安全性が低い。
一方のファットマンはコスト面安全面ともに有利だが、技術的には複雑で難しかった。
アメリカは両方を実際に試してみる必要があった。



ファットマン



広島の慰霊碑にある「安らかに眠ってください 過ちは繰り返しませんから」を批判する声がある。
誰が何を誤ったのか、という声だ。
確かに日本の指導者は二重の過ちを犯した。
①勝てないケンカを始めた。
しかもそのケンカの始め方が良くなかった。
「リメンバー・パールハーバー」などと言わしめる事のなきよう、くれぐれも注意すべきだった。
作戦の成果よりもだまし討ち回避に力点をおき、宣戦布告が相手方に通告された事を確認後「ニイタカヤマノボレ」を打電すべきだった。
②そして引き際を知らなかった。
この事により死なずに済んだ人が大勢死んだ。
いや、実際には殺された。

日本の指導者の過ちが悲劇を生んだことは確かだ。
しかしより大きな過ちが加害者側にある。
広島と長崎で起きたことは事故でも災害でもない。
今では何か地震や津波や噴火のような自然災害と同列に語られているように感じられる。
が違う。
殺人事件である。
それも人類史上ホロコーストに比肩し得る非戦闘員の大量虐殺事件だ。
実はそうした認識が加害者の側にすらある。
東京裁判の時点で既にあった。
勝者の戦争犯罪は裁かれないのか、と。
しかし被害者側でそれを有耶無耶にしたまま70年が経過してしまった。
日本の指導者は三重の過ちを犯したのだ。








マレーシア機か? ②

杉江2
No.26 2015.8.7





ボーイング777は747(ジャンボ機)の後継機として1986年に開発がスタートした。
フェイルセーフ(多重安全)に基づくハイテク機である。
例えば飛行中に片方のエンジンが停止した場合、従来の機体でこれを真っ直ぐに飛ばすことは困難を極めた。
しかし777以降の機体では、コンピューターによる方向維持の自動化に成功している。

今日では航空機事故の殆どがヒューマンエラーに起因するとされる。
つまり整備ミスと操縦ミスということになり、人間がミスしなければ殆ど落ちることは考えられないというところまで旅客機は進歩した。
しかしもう一つの落とし穴があったのだ。
それが乗員の故意による墜落だ。

MH370便の墜落原因は事故ではない。
そのように本書の著者である元日航機長の杉江弘氏は主張する。
事故でなければ事件だ。
すぐに爆弾テロなどが頭に浮かぶ。
だが、テロリストによる犯行の形跡は今のところ何もないのである。
犯行声明のないテロはあり得ない。
であれば本件の一年後に起きたジャーマンウィングス9525便のケースが想起される。
パイロットの自殺に巻き込まれたとされるものだ。

だがそれも考え辛いと杉江氏は語る。
本機のパイロットに自殺する動機が見当たらないというのもあるが、自殺目的であれば航路逸脱後6時間も洋上を飛ぶ必要がないと言うのだ。
9525便と同じように山岳部に急降下で突入するのが最も確実であろうと。

そもそも本機の機長ザハリエ・アハマド氏とはどういう人物だろう。
実はマレーシアのカリスマ政治家アンワル・イブラヒム元副首相の親戚であり、熱狂的な支持者だったことが判っている。
アンワル氏は現マレーシア首相ナジブ・ザラクの政敵で、同性愛を理由に禁固5年の実刑判決を受け服役中だ。
ザハリエ機長は密かに搭乗機をハイジャックし、アンワル釈放を要求してマレーシア政府と交渉したのではないか。
副機長は恐らく早い段階で無力化ないし排除されたと考えられる。
コックピット内には斧などの凶器となる物がたくさんあるらしい。
客室乗務員からコックピットへの連絡に機長が応答する限り、副機長が一切出なくても客室側で疑いを持つことはない。
つまり副機長は客室側からの連絡に必ずしも出る必要がない。
逆はだめだ。

しかしどうやって交渉?
当局によればMH370便は「何者かの手で」故意に通信を遮断されたことになっている。
「トランスポンダー」と「エーカーズ」である。
確かにトランスポンダーはコックピット内のスイッチ操作で遮断可能だという。
しかしもう一方のエーカーズには事実上電源スイッチがなく、遮断できない構造らしいのだ。
マークレビンソンのプリアンプのようなものだ。
常に電源が入っている。
ザハリエ機長とマレーシア当局はエーカーズを使い交渉を続けたのではないか。
杉江氏はそのように推測している。

機長の方法は従来のハイジャックに比べて画期的なものだった。
これまでハイジャック犯は飛行機を制圧するとどこかの飛行場に着陸し、そこで要求を提示して交渉に入るといったスタイルだった。
これに対し「人命は地球よりも重い」などと言い、ハイジャック犯の要求を全面的に受け入れる政府も嘗てあった。
しかしこれが諸外国の批判を浴び、爾後ハイジャック犯に屈する政府はなくなった。
人質の犠牲も覚悟した特殊部隊の突入によって解決が図られるようになったのだ。
ザハリエ機長はこの点を十分認識した上で、最も可能性の高い方法を選んだ。
はじめから死は覚悟していただろう。
しかしマレーシア政府が機長の要求を受け入れる事はなく、交渉のタイムリミットでもある燃料切れによりMH370便はインド洋に墜落した。
マレーシア当局に妥協の余地など初めからなかったのではないか。
239名の乗客乗員というが、乗客の大多数は中国人だ。
自国民は乗員以外殆ど乗っていない。
それらが失われることくらい、マレーシア政府にとって痛くも痒くもなかったのではないか。
ザハリエ機長考案の斬新なハイジャック、しかしそれが却って黙殺を容易なものにしたのである。
難しいものだな。








夏から秋へ

hokkaido.jpg
No.27 2015.8.8





先月の南半分に続き、自分たちが生まれたこの島を一周しようというのである。
これでほぼ一周の完成だ。
今回ドライバーが一人減り、二人での交代制となる。
札幌 → 新冠 → 中札内 → 釧路 →根室
→知床 →紋別 →稚内 →増毛 → 札幌
全行程八泊九日の長丁場だ。
半分は生まれてこの方見たこともない土地である。
ゆっくり行こう。
先は長い。







無事帰宅

北海道1
No.28 2015.8.16





北海道を一周した。
文字通り海岸線をぐるっと周っただけなのだけれど広い。
あと一日二日延びていたら、もたなかったかもしれない。
体力的にきっと今が限界だったと思う。
五年後にやれと言われても恐らくもう無理だろう。
家に着いたらホッした。
それで一番先に何をしたかと言うと、アンプに火を入れた。
車に乗っている間ずっと音楽を流しっぱなしだったがやはりそれとは違う。
私は音楽に飢えていた。
やっぱり家はいいや。
なんだ、それならおとなしくずっと家に居らんかい。
一理ある。
でもそれじゃあつまらんでしょう。
行けるうちに行くが良い。
歩けるうちに。
大層疲れたので詳細は明日以降ということで。






新冠

北海道2
No.29 2015.8.17





旅の方針があった。
高速道路を使わないこと。
理由はシンプルで、ラングラーが高速道路に向いていないからだ。
基本的にゆっくり走るための車だから、高速走行がちっとも楽しくない。
そしてフロントガラスが屹立しているため、虫が当たってひどい事になる。

今時の車は空力への配慮が当然なされているから、5、60キロのスピードならフロントガラスに虫の痕なんかあまり付かない。
その点をラングラーは無視しており、のんびり走ってもたいして変らないというか、結局毎日高圧洗車機の世話になった。
いくらやっても無駄なのだが、せっかくの景色が台無しだからどうしても掃除したくなる。

この車はご覧のように屋根を外すことが出来る。
爽快だ。
ただし着脱は面倒。
ワンタッチでも電動でもない。
人力である。
三つのパーツに分かれていて、後部は60キロくらい重量があるようだ。
これを外すのは無理がある。
多分一生外すことはない。
外せばガレージにでも置いて出かけることになるが、カリフォルニア辺りの殆ど雨が降らないような所ならともかく、日本でそんな事が出来るわけがない。
だから外すとすれば前部のみだ。
しかしそれだけでも結構大変な作業になる。
二つに分かれたFRP製のパーツ(けして軽くない)を、180センチ以上の高さから力ずくで外す。
外した屋根を専用のバッグに収め、荷台に積んでおくのである。
雨が降り出したらそれを取り出して装着する事になる。
脱着に5分は要するので、急に土砂降りでも来たらエラい騒ぎになるだろう。
慌てて落下などさせ壊れて装着不能になるといった、あまりゾッとしない場面をつい想像してしまう。





北海道一周 001



そうこうするうち、最初の宿泊地が近付いてきたようだ。
崖の岩肌にペンキで描かれた馬。
そういえばどこかの国で殺風景だからと緑色にペイントした話があったな。
急いで車窓からカメラを構える。
「いかっぷ」ではない。
撮影に失敗したのである。










レコード館

北海道一周 008
No.30 2015.8.18




今回の北海道一周は台風のような反時計回りとなった。
実は当初の計画では時計回りだったのだ。
理由は特にない。
多分私の性格に起因するものだろう。
時計回りでは「新冠」が最終日となる。
この町で私にはどうしても行きたい場所があった。
それが「レコード館」だ。
正確にはレコード館の「レ・コードホール」、巨大なオーディオルームである。
レコード館ではこのホールを閉館の17時以降貸切にしている。
ところが私たちの日程で新冠を訪れると、丁度イベントと重なり使うことが出来ないのだった。
それではと全ての予約を白紙に戻し、北海道一周逆回りの旅が始まったのである。

「レ・コードホール」のスピーカーはGOTOのドライバーで駆動する4Wayのオールホーンシステムである。
人の背丈よりも高いダークグレーの物体は低音用のホーンだ。



北海道一周 007



中低音、中高音、高音部のユニットは比較的コンパクトにまとめられている。
あくまでも低音部との比較においての話だ。
レコード館は新冠の町営である。
これを組んだのはいったい誰だ。
町の職員にとんでもないマニアがいるのだろうか。



北海道一周 011



低音部ホーンはホールの壁を突き抜け隣室に及んでいる。
ドライバーが設置されるのも当然隣室ということになる。

やはりこれはプロの仕事だろう。
そう思った。
職員の方に尋ねるとホールの設計から機材のセッティングまで、すべてがGOTO UNITの仕事であるという。
GOTO UNITはYL音響を源流とする。
我家で使用するエール音響とは親戚のような関係になる。
音が似ているかって?
何とも言いようがない。



北海道一周 009



しかしながらこう言っては大変失礼だが、このような施設が何故このような片田舎にあるのだろう。
それも町営である。
金はどこから出た?
驚くべき回答があった。
竹下内閣のふるさと創生事業を覚えているだろうか。
各市町村に1億円をばらまいた悪名高き政策であった。
新冠町はそれを元手にこの施設を作ったのだそうだ。
この話に私は感心してしまった。
これほど立派な金の使い方を他に知らない。
レコード館はそれから全国に御触れを回し、不要となったレコードの寄贈をお願いしたという。
主を失ったレコード、あるいは主に捨てられたレコードが日本中から集まり、現在その数95万枚に及ぶ。












アビーロードB面

北海道一周 006
No.31 2015.8.19





貸切予約のあとでレコード館から連絡が来ていた。
当日聴きたいレコードのリストを提出せよとの事であった。
相当な自信である。
たいていのものならあるよ、というわけだ。
そして厖大な数量だから当日ではすぐに出せない、ということでもあるだろう。
そこでこちらも多分ありそうなものを4枚選んで知らせてあった。
4枚のわけは貸切時間が一時間なので、片面だけ聴いても4枚が限界だからだ。

先ずはマーティ・ペイチの踊り子A面をかけて頂いた。
No.30の画像に写る女性職員の方が操作する。
大好きなこの曲、一曲目の「イッツ・オールライト・ウィズ・ミー」が流れる。
どうしてこんなにリアルなんだろう。
呆れるほど完璧だ。
素晴らしいとしか言いようがなかった。

曲が終わるとすっとボリュームが下げられる気配があり「次はどうなさいますか?」とその女性。
何曲目にでも針を落とせますよ、という事なのだろう。
あっぱれだ。
しかし私は続けてA面全部をかけてもらうことにした。
素晴らしい、素晴らしい・・・
やがてA面終了。
「B面もお聴きになりますか?」
「いいえ、ここでレコードを替えてください。アビーロードのB面を頭から全部お願いします」

「ヒア・カムズ・サン」で始まり「メドレー~ジ・エンド」で一旦終わるアビーロードB面には、長い沈黙のあとに「ハー・マジェスティ」という短いオマケが付く。
私はこれがカットされるのではないかと思った。
つまりレコードが終わったと勘違いし、途中で針を上げてしまうのではないかと。
演奏後のプツン、プツンというエンドレスで無粋なノイズをレコード好きは嫌う。
だからそんな音を客に聴かせないのがジャズ喫茶の矜持ですらあった。
レコード館の方針も同様の筈で、事実「踊り子」A面4曲目の「アイ・ラブ・パリス」の演奏が終わったあと、静かにボリュームが絞られ針が上げられた。

「ハー・マジェスティ」のカットはありそうな話に思われた。
しかしそうではなかった。
アビーロードB面はきっちり最後までかかり、音もなく針が上げられる。
彼女はこのレコードを完全に把握していたのだ。











レコードの湯

北海道一周 010
No.32 2015.8.20





ハー・マジェスティを聴いた時点で残り時間15分を切っていた。
最大あと3曲かな。
私は少し焦りだし、ちょっと面倒なお願いをする事にした。
なんだか○○の間抜けな客みたいだ。
リー・モーガン 3からハサーンズ・ドリームとアイ・リメンバー・クリフォードだけかけて下さい。それでもし時間があればオーバーシーズをお願いします!」
ベニー・ゴルソンの名曲ハサーンズ・ドリーム。
ジジ・グライスが奏でるフルートの実在感が凄む。
リー・モーガンのトランペットは艶がありキレがある。
しかし少しもうるさくない。
ホーンシステムが管楽器を得意とするイメージは短絡に過ぎず、実際は極めてシビアな調整を必要とする。
レコード館の音は誰が管理し、維持しているのか?
GOTO UNITから毎年人が来て調整しているのだという。
アイ・リメンバー・クリフォードの哀切感が極まった時、まるで計ったように制限時間が来た。
「もう時間ですね。今日はありがとうございました」
この時既に私は彼女に連帯感すら感じていた。
「はい・・・でもトミー・フラナガンを一曲だけかけさせて下さい」
そう彼女は言い、大急ぎで「リラクシン・アット・カマリロ」をかけたのだ。
「また来てください」
いつかまた来たいと思った。



北海道一周 003



この日の宿は「レコードの湯」であった。
なにそれ?
ここも町営なのだろうが、レコード館はともかくレコードの湯はないだろう。
レコード館に寄らない客には訳がわからないと思われる。
実際には寄った客にもわからないが。

レコード館とレコードの湯は隣りみたいなものだと聞いて来た。
しかし実際は車で5分ほどの丘の上に建っている。
この辺りでは車で5分は隣りみたいなものなのか。



北海道一周 004



チェックインの時に夕食の予約をし、19時を希望した。
しかしその時間帯は満席ですと言われ20時になった。
我家的には随分遅い夕食である。
レコード館を出たのが18時過ぎだから、これはまあ仕方のないところだ。
風呂の帰りにレストランを覗いたところガラガラだったので、もしやと思いフロントに電話したら現在満席だという。
しかし1分後にフロントから電話があった。
レストランに行ってよし!と。
つまらない事を思い出した。

結局19時過ぎから夕食を頂けた。
何を食べたかそれはもう覚えていない。
ワインは飲んだような気がする。
まだ二週間も経っていないのだけど。

疲れ、食後すぐに就寝。



北海道一周 005











えりも岬

襟裳2
No.33 2015.8.21





新冠から海岸線を南下する。
次の目的地は帯広の南、中札内だ。
今回ここだけが内陸部となる。
さて途中で襟裳岬に寄るか?という問題があった。
これは少し迷った。
結局ここまで来たら寄ってくかとなった。
迷うこたない、二度とないかもしれない。
行けるだけ行こう。

襟裳岬は新冠から2時間ほどの距離になる。



北海道一周 018



歌の文句そのままだ。
襟裳岬には何もない。
それを確認しに行った。

突端とあるが実際にはもう少し先がある。



北海道一周 012



ここが本当の襟裳岬突端である。
後ろはガケだ。
落ちたらヤバいとびびる妻。

なあに滅多に落ちやせんよ、大丈夫あと30センチ下がってごらん。
さあ・・・

フフフ・・・でも気を付けたほうがいいぞ・・・
火曜サスペンスなら大抵落ちるんだよ。










モラルハザード

ゆうちょ8
No.34 2015.8.22





昨日のこと、閉店間際の銀行に滑り込んだ。
振込のためだった。
時間ギリギリになったのは確認事項があり手間取ったからだ。
確認事項とは「ゆうちょ銀行」の口座番号の記載方法だった。

他行(会社の口座)からゆうちょ銀行(私の口座)への振込なのだが、これはやった事がなかった。
先ず支店名をどうするのか。
私の通帳というのが、ほとんど使用しないせいで郵政省時代のものだ。
これには支店名の項目がそもそもない。
次に口座番号であるが、振込元の振込み用紙に記載する口座番号の枠が七枡であるのに対し、ゆうちょ側では八桁ある。

地方本部のようなところに電話で問い合わせる事にした。
電話口での回答は次のようなものだった。

①支店名
「記号」の左から二桁目と三桁目の頭にゼロをつけます。
あなたの場合(19070)は → 090が支店名ですが、「○九○」と表示してください。

②口座番号
八桁の末尾一桁を消した七桁が口座番号です。

何かしらの不安を感じた。
電話で応対した人物がなんとなく頼りなかったということプラス、振込金額が少し高額だということだったと思う。
そこで私はどうも不安であると率直に言い、上司に確認してくれないかと頼んだのである。
しばらく待たされた。
そして「これで大丈夫です。間違いありません」との回答を得た。

それから振込用紙に記入を済ませ銀行へ走ったら閉店ギリギリだったという訳だ。
私は更に銀行の窓口でも経緯を話し、確認を求めたのである。
すると該当する口座がない、と言うのだ。
多分郵便局で使用した番号と、ゆうちょ銀行になってからの講座番号が変わっているのではないか、窓口に出てきた支店長がそう言った。
ゆうちょ銀行の窓口で通帳を更新してもらえ、まだ開いているからと。
結局この日振込は出来なかった。



ゆうちょ3

ゆうちょ1



私は言われた通りにまだ開いているゆうちょ銀行に寄り、通帳を新しくしてもらった。
冒頭の画が古い通帳で、この二つが新通帳のものだ。
「記号」「番号」とも特に変わりなし。
違っていたのは支店名だったのだ。
「○九○」はまったくの出鱈目だ。
だから該当する先が見つからなかったのだ。

先ほど電話で問い合わせた「地方本部」に抗議した。
相手方はあっさり非を認めた。

郵便局は民営化したというが、不完全さが目に付く。
私は今日まで古い通帳を使っていた。
しかし民営化後も何度か窓口で通帳を使っているのだ。
不都合があるなら更新を促すチャンスはあった。
今回は特に急がない私的な資金移動だった。
だが振込出来なかったのは事実で、週末のことだから来週に持ち越しとなった。
これが急ぎの用件だったらどうなるのだ。

郵便物等の配達も古い。
不在通知一つ見ればわかる。
他社なら追跡番号を伝えれば済むところ、郵便局では追跡番号に加えて住所氏名・配達日時・保管期限・品種・配達員名さらには電話番号まで言わされイライラする。
何のための追跡番号なのか。
要するにお役所仕事から少しも進化していない。

今回のことだが、非正規雇用や終身雇用廃止の問題とも多分無関係ではないと思う。
この国のあちこちで似たような現象が起きている筈だ。
それがいつか取り返しのつかない大事故に結びつかぬよう祈る。
と言うよりもむしろ、それをコストとして織り込み済みなのか。










慟哭を忘れない

墓参り
No.35 2015.8.23





子供らが帰って来てサイクリングに出掛け、お盆に出来なかった墓参りにも行くことができた。
彼らの母親の墓だ。
心中本当の所など分かる筈もない。
多分、悲しいとか辛いとかを我らは乗り越え今ここに居る。
そうでなければ生きても来れなかった。
でも同時に二人が抱くこの場所への反感、居心地の悪さを父は理解しているつもりだ。
本当に申し訳なかった。








大人になった

nagasaki.jpg
No.36 2015.8.24




今回は主に妻の誕生日を祝うための帰宅だった。
誕生日には少し早いがそれぞれに予定もあり、スケジュールをこの日に合わせて帰って来たのだ。
二人の企画はシンプルなもので、自分たちで料理をし妻の母親も招待して振舞おうというものだった。
私には若干の不安もあった。
特にメインデッシュを息子が担当すると言うのであるから。
娘は伊達から料理器具を持参し自分で栽培したトマトを使ってスープなど作った。
公園で採取したという柿の葉を巻いた寿司も作った。
息子はサイクリングのあとひとっ風呂浴びるなり買い出しにでかけて行った。
そして手慣れた様子でアクアパッツァを作った。
私が心配したのは料理の味もさることながら、怪我や火傷をしやしないかということだ。
しかしそんなのは取越し苦労に過ぎず、二人の作業を見ていると彼らが料理に慣れているのがわかる。
手際が見事なのだ。
出された料理はどれも、当初覚悟した愛のエプロン的なものなどでなく、十分商品になり得るレベルに仕上がっていた。
アクアパッツァのスープを残しておき、翌日再利用しようと考えていたが、妻がこれでパスタをこさえ子供たちの昼食にしてしまったのでそれがちょっと残念。
きっと旨かっただろう。
尚、妻の母親みっちゃんがグラタンを用意してくれた。
彼女の料理は素人の域を超えたものでいつも驚かされる。
そんなこんなでウマーなバースディパーティとなった。
息子の手料理を初めてご馳走になり思う。
私の役割がやっと終わったと。





アクアパッツァ










カンパカフェ

忠類1
No.37 2015.8.25




襟裳岬から中札内へ向かう途中、ティータイムにしようと立ち寄る。
忠類村の辺りに昔ナウマン象が生息していた。
昔と言っても何万年も前の話で、日本列島がユーラシアと陸続きだった頃のことだ。
今も陸続きだったらどうなっていたか。
何とも言えないが中国語を話していた可能性は大いにある。




忠類2



シーニックとはSENIC、風光明媚のこと。
余談になるがルノー・セニックはSCENIC、ちょっとだけ綴りが違う。
シーニックカフェでは地域のお年寄りがボランティアで働く。
開いているのは夏の間だけだ。



シーニック



ボランティアには訳があり、保健所が営業を許可しないのだとか。
トイレがない、厨房に壁がない、土間はダメだとか因縁をつけられ、年寄りはキレた。
え~い小役人がウルサイわ!んならもうええ!
てな感じで今のスタイルでやっている。
従いまして飲み物のお代などはすべてカンパ。
カンパって言われてもなあ、いくら入れたらいいものか。
当方一人300円と見当をつけた。
「そんなにたくさん・・・」
おばちゃんに喜ばれた。
紙コップにセルフだ、払い過ぎたのか。



北海道一周 019



朝晩涼しくなってまいりました。











ここにあったのか

花畑2
No.38 2015.8.26





中札内村の宿の近くに偶然見つけた。
数億円の資金が投じられたという。
そのほとんどが借入金。
しかも上手くいかず、一時は危機的状況になったようだ。
起死回生、ピンチを救ったのが生キャラメルだった。
ツキがあったな。
そういう時大抵はダメなんだけど。



花畑1



現在花畑牧場ではラクレットチーズに力を入れているようだ。

ラクレットチーズを炙って溶かし、温野菜やクラッカーにかけて食べる。
大層美味い。
しかし理由が分からないのだが、最近作り手によらず食感が変わってしまった。
特に生乳不足で品薄になりだしてからの事だと思う。
滑らかさがなくなり、ザラついた食感になった。
あるいは風船ガムっぽいとでも言うか。
ここのは最近試していないから分からない。
少ししょっぱいので我家では他所のを買っていたからだ。
もう一度食べてみよう。

有名な生キャラメルを食べたことはない。
一生食べないかもしれない。



花畑3



敷地内にこんなものもある。
北野さんいつお描きになるのか。
忙しい方だ。
大したものだとは思った。
でもやや作風に一貫性がないな悪いけど。



花畑4



遠くを見つめるリャマ。
故郷アンデスを遠く離れ何を思う。
きいてみた。
飼育係の人が良くしてくれるので有難いと。
でも家に帰りたいと言っていた。










秋風 イチゴパフェ

チャリ3
No.39 2015.8.27





有明のテニスコートまでチャリで行こうと三日前から決めていた。
今シーズンあと何回チャンスがあるかわからない。
外へ出てみると寒いとまでは言わないものの、とても半袖短パンでチャリは無理だと思った。
慌てて戻り薄手のウォームアップを着込んだ。
道端にススキの穂が揺れている。
先週子供たちと走った日はあんなに暑かったのに。
暑ければ暑いで文句も言う。
けれども寒いよりずっといい。
台風とゴキブリさえ出なければ常夏で構わないくらいだ。
そうした意味では温暖化ウエルカム。
でもそう単純ではないのだろうなあ。
台風15号の影響だろうか、強い向い風で思うように進まない。
チャリは天候と地形と体力に大きく依存する乗り物だ。
全天候型で自力走行する自動車とは全然違う。
そこが逆に美点でもあるが、もう少しで遅刻するところだった。



チャリ5



テニスコートの少し先にイチゴ御殿がある。
生産農家が片手間にイチゴパフェを売り始めたらこれが当たった。
交通量の少ない所だ、わからないものである。
透明なプラスチックのカップにイチゴを数個盛りちょっとソフトクリームをのせるだけのシンプルさで600円。
利益率が高かろう。
食器を洗う必要すらない。
数年経ったら本格的に店舗を構え従業員を雇った。
休日になると入りきれない車が道路に並ぶようになり、駐車場を拡充し警備員を置いて交通整理を始めた。
イチゴパフェを通年販売するそうだ。
観光バスで中国人が押し寄せる日が来るかもしれない。
ただ、ここからは商才が問われるだろう。
イチゴパフェだけでは難しい。
現状維持という選択肢もある。
私ならそうする。
出来ればジャズ喫茶を併設したいけれど。








オーベルジュ

十勝6
No.40 2015.8.28





忠類村からさらに北上。
帯広の手前、中札内のオーベルジュに投宿した。

宿泊棟が深い森の中に点在する。
すべて3ベッドルームの一軒家だ。
立派なキッチンがあり多数の食器やグラスが用意されていた。
いつ何に使えばいいのか。


十勝7



六人家族でもオーケーな広さ。
バスルームにパウダールーム、トイレが二つ。
でもここには我々二人しかいない。



十勝5



居間に暖炉まで備わる。
希望すれば使えるが夏だしな。
やめとくか。


十勝4



レストラン棟だけ外壁の色が異なる。

夕食を6時に予約していた。
二階の個室が用意されていた。
のどが渇いていたのでとりあえず何か飲みたかった。
グラスのシャンパンはありますか?
係の女性にそう尋ねた。
「アルゼンチンのシャンパンならあります」
・・・気を取り直しワインリストを頼んだ。
シャンパンをグラスで、白のハーフと赤をフルボトルで、そんな風に考えていたが全てフルボトルしかない。
迷っていたら先ほどの女性が来て、
「シェフの私物ですがシャンパンのハーフを提供出来る」という。
見せてもらった。
アルゼンチンの、ではなく歴としたシャンパーニュだ。
それを頂くことにした。
量的に考えてフルボトルならあと一本が限界だろう。
赤にしよう。
私は奮発し5桁のジュヴレ・シャンベルタンを頼んだのである。
やがてテーブルに運ばれたブルゴーニュの赤、なんと既に抜栓されているではないか。
グラスがまたひどい。
百均で買ったかと思われる代物。
まったくワインと釣り合いが取れていない。
そもそも小さすぎて香りが立たない。
ドーンと音がした。
気分が沈んだ音だ。










釧路へ

中札内9
No.41 2015.8.29





翌朝森を散歩した。
札幌よりも数度気温が低い十勝の朝は、他の国へ来たかと思うほどにさわやかだ。
今後避暑地として人気が出るのではないか。
子供の頃札幌で30度を超える日などほとんどなかった。
今ではもう過ごしやすい夏とは言えなくなっている。



中札内8



森の奥で2台のEクラスが朽ち果てている。
何事かを象徴するように。



北海道一周 023



中札内から目指すは釧路だ。
この町に昔両親が住んでいた。
公務員だった父が転勤で赴任していたのだ。
私と弟はそれぞれ学生生活を送る本州方面から長期休暇を利用して釧路へ行った。
父が斡旋する沖仲仕のバイトで休みが過ぎていった。
過酷な港湾労働の割にバイト代は安く、日当5000円を超える事はない。
特に冬がきつかった。
氷点下20度を下回る日が珍しくない。
それでも我々兄弟は与えられた作業を几帳面に遂行した。
肉体労働が男を磨くとどこかで信じていたからだ。
それは完全に間違いだったが、この時のことがなければ私と弟がその後一緒に仕事をするようになる事もなかったと思う。

釧路はそれなりに繁栄し、歓楽街も賑わっていた。
あれから40年が過ぎ、現在この街は苦境に立たされている。
それは何も釧路に限った話ではなく、多くの地方都市から衰退の嘆きが聞こえてくる。
このままではいずれ第二第三の夕張が出てくるだろう。
だがそれを防ぐ手立てが見えない。



北海道一周 022















渡河作戦の罠

釧路3
No.42 2015.8.30





釧路に着いて早々、一騒動起きた。
早朝に記録的豪雨あり、その影響で港から海水が逆流し低地を覆っていたのだ。
そうとは(海水とは)知らず進行する。
やってみたかった。
さすがジープ、水をまき上げぐいぐい進む。
どんどん深くなった。
最深部で30~40センチ冠水しており、故障したセダンなんかが多数停車している。
ドライバーらは既に脱出したようだ。
この時の画像はない。
私は運転していたし、妻は動転していたからだ。

やっと渡りきった。
遅まきながら道路を封鎖し始めた管理者に海水と聞かされ、これはもうダメかもしれないと思った。
上陸作戦用の水陸両用車でもなければ、普通海水を被ったら車はアウトだ。
旅はここで終わりJRで帰る事になるのか。
それでも出来るだけのことはしようと、ガソリンスタンドを探し下部洗浄してもらった。
とりあえず当面車は動く。
ホテルにチェックインし、札幌の友人に電話でアドバイスを求めた。
曰く大丈夫だろう、どこかでエンコしたら助けに行くからこのまま旅を続けよとの事だった。

それしかないだろう。
出発の時万一に備え防寒着を積んで来て良かった。
だが山中で立ち往生したら、熊の餌になるのと札幌から救助隊が到着するのではどちらが先だろうな。
その点については何とも言えない気がした。
まあ、先のことはわからない。
でも次があれば金属バットか斧を積んでおこう。
本当ならライフルないしショットガンにしたいところだ。

荷物を部屋に置き探検に出かけた。
活気がないのが瞬時に伝わる。
幣舞橋に続く繁華街に人通りがほとんどない。



釧路4



廃墟と化したビル、元はパチンコ屋だろうか。
どこへ行ってもシャッター街が続く。
街が死にかけているように見えてくる。



釧路5



老舗ジャズ喫茶「ジスイズ」跡地。
やっと探しあてたがどう見ても定休日ではなかろう。
昨年有志により再開されたと聞いていたのだが。
無残。




釧路6



街をうろつき嗅覚と勘だけを頼りに、率直に言えばあてずっぽうに飛び込んだ店。
これがまぐれ当たりしたお陰で、釧路の夜が少しだけ救われた。
鰻だけではない割烹料理店だった。
ホッキのバター焼きが絶品だ。
私にとってホッキだけでなく貝の料理には必ず、どうしてもどこかで生臭い印象が付き纏っていた。
そういうものだと思っていたが、ここのは違う。
こんなに旨いホッキを生まれて初めて食った。
一人前800円。
最高だ。
もっと頼めばよかったと今になって後悔している。
ブルゴーニュの安旨白あり。
ホッキのバター焼きと相性抜群だ。
鰻は普通。











シカも人も注意

霧1
No.43 2015.8.31





霧の釧路は恋の街、だそうだ。
翌朝ホテルから見える景色が濃い霧に覆われていた。
これは釧路だけでなく、この後の根室や紋別、稚内など道東・道北の夏全般に霧が発生しやすいようだ。
札幌ではほとんど使用しないフォグランプを運転中多用する事になる。
ただしフォグランプの点灯で視界が開けるわけではなく、単に対向車へ自分の存在をアピールするだけだから、走り辛いことに変わりはない。


霧2



しかし一時間もすればこのとおり晴れた。
よし、根室へ向かって出発だ。




鹿1



釧路、根室間は鹿と車の衝突が多いらしい。
100mおきに「鹿注意」と直に道路に書かれている。



鹿2



その割に一度も見なかったが、エゾシカが増えすぎて各地で大問題になっているのは事実だ。
鹿は食えば旨いし革も上質である。
だからもっと活用したら良い。
だがハンターが足りないのだ。
おまけに高齢化しておりとても危ない。
獲物と間違えて仲間の爺ハンターを爺が撃ってしまうという、ブラックジョークのような事が本当に起きる。
鹿や熊を撃つのはライフル銃であるが、その弾丸は戦争で使用される貫通性・直進性の高い弾、つまり不要に苦痛を与えず戦闘力だけ奪うようハーグ陸戦条約で規定されたフルメタルジャケット弾ではない。
殺傷力が高く当たれば獲物の体内をジグザグに通過し、内臓ズタズタほぼ致命傷となる。
人間ならまず助からない。

爺ハンターはまずい。
そこで思うのだが、演習を兼ね自衛隊がやれば良いのではないか。
ヘリで追い出す役に限定する態度はいかがなものか。
恐らくは事故が起きた際の批判を危惧しているのだろうが、それならば退官後の元自衛官を使う手もある。
自衛官は50代で退役する。
優れた狙撃兵も例外ではないのだ。
ところが泣く子も黙るスナイパーを、銀行の守衛さんとして飼い殺しにしているのが現状だ。
彼らを活用しない手はないと思う。
個人差があるかもしれないが軍人としては限界でも、ディアハンターならその後10年はいけるだろう。



鶴1



鹿の代わりにタンチョウ鶴出現。
なぜかドラクエを思い出し笑った。










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