京都 ⑧

京都2015-28
No.74 2015.10.1





苔寺から松尾大社まで歩き、嘗てよく利用した3番の市バスに乗った。
30度近い気温で汗がふき出る。
四条烏丸で地下鉄に乗り換え、九条駅を西に向かうと東寺の塔が見えてくる。
この日は9月21日だ。
毎月21日に東寺境内にて催される弘法さんの縁日、昔から知っていたが見るのは初めてだ。



京都2015-30



もの凄い数の露店が連なる。
商品も様々で有り勝ちなテキヤ的なものから陶芸家の出店、木工職人の店まである。
少なくとも中島公園で私の誕生日近辺に毎年やっているヤツとは比較にならない多様性とレベルの高さだ。
ガラクタも多いけど。
一軒一軒見ていたら何時間かかるか分からない。
三分の一ほど回ると足も疲れ腹が減ってきた。
屋台でたこ焼きとかお好み焼きとか焼きそばとか食べる?
魅力的だが腹こわしたらイヤだしどうしよう。
協議の結果一度境内を出てうどんでも食べようという事になった。
東寺前の歩道も屋台に占拠され、したがって人で溢れている。
弘法さんの日に限ってはバス停まで廃止されてしまうのだから恐れ入る。
100mほど離れた何気ない食堂で何気なくきつねうどんを食った。
この界隈の店々はこの日だけで月の半分の売り上げがある、実際のところどうか知らないがそう聞いたら信じる。
何気ないきつねうどんが美味くてびっくりだ。

食後また境内に戻り残りを回った。
手作りの木製ミニカーが気に入り購入する。
今回の旅で自分用に買ったものはこれにあと本一冊だった。
娘が親友の出産祝いに可愛らしいワンピースのベビー服を買った。
妻は説明が難しい木工製品を買っていた。



京都2015-35



帰り際に堀でグレイヘロンと再会した。
ヤツめ今度は近付いても逃げない。



京都2015-39



上部の物体を畳むと次図の状態になる。
これを売っていたおっちゃんが本当に作ったのかどうか分からない。
ミャンマー辺りで出来たものかもしれない。
だが面白いことは面白い。
気に入った。


京都2015-38









京都 ⑨

京都2015-26
No.75 2015.10.2





弘法市からホテルに戻り、ひとっ風呂浴びて出掛ける最後の夜。
錦市場で丹波栗の甘露煮を買い求め、三条木屋町から南へ下がる。
毎度買うも私は食べたことがない。
ご婦人専用だ。
娘にも土産に一瓶持たせた。



京都2015の13



初日にぶらり寄った高瀬川沿いの店「志満」。
何故か娘がもう一度川側から見たいと言う。
「ぐじ」で一杯やっているところを外人に散々写されたのだそうだ。
それで今度は自分が撮ってやるとの事である。
私のはだいぶブレた。



京都2015の14



四条を過ぎ団栗橋で鴨川を渡る。
ここが祇園だ。
娘の希望で予約したMでフレンチを頂く。
非常に普通だった。
どちらかと言うと洋食屋さんの延長線上にある。
注文した白ワインは我家でも時々買うシャブリのプルミエ・クリュだった。
なんと出発前夜に家で飲んだばかり。
気付かずにたのんだのかって?
そうなんだよ、テーブルに出て分かった。
なんだいそりゃあ。
適当にたのんでるってことさ。
適当ってなんだよ。
値段くらいしか見てないのさ。
あとシャブリってとこくらい。
だって実際に飲んでみるまで分からないだろ。
普通の事かもしれないけれど、市場価格の○倍ほども吹っかけていた。


昔は祇園なんて場所にまったく縁がなく、通った記憶すらないくらいだ。
改めて来てみると観光客相手の、あまり趣も感じられない店が立ち並ぶ。
まるで映画のセットみたいだ。
萬養軒はまだマシな方だが、それでも特に町家を上手く利用している風でもなく、内装に至ってはつい最近工事した様であまり感心したものではなかった。
どこかにきっと知る人ぞ知る的お店があるのだろう。
だがそうした所には、私多分一生お目に掛からないだろうと思われる。



京都2015の16



この店が今回の心残り。
ずっと昔来たことがあるような気がする。
萬養軒からの帰りに寄ったが満席で入れなかった。
チラッと見ただけだが客層若く、常連ぽい感じの方々がカウンターからジロリ睨んだ。
何だこのオヤジと。
ジャズの店にはそういう所が多い。
気にすることはない。
どんどん入れば良いのだ。
次回のチャンスがあると良いが。








京都 ⑩

京都2015-40
No.76 2015.10.3





祇園からぶらぶら歩いてホテルに戻る。
この度はホントにありがたいくらい天気が良かった。
こればっかりはどうしようもないけれど、いつもこうありたいものです。



京都2015-41



初日に行った河原町通東側にある「寿ビルディング」の前を通る。
こういう場所におっちゃんが行くと手持無沙汰で疲れる。
でもいいよ、また行こう。

四条河原町が現在も京都の繁華街なのは間違いない。
でも昔と比べて比率が下がったというか、あまり用事のない場所になったというか。
もっと他に面白い所がたくさんあるのだ。
それはおそらく昔もそうだったのだろう。
私が知らなかっただけだと思う。
知ろうともしなかった。
四条河原町界隈にたくさんあったジャズ喫茶や時にはロック喫茶に入り浸ることで私は完結してしまっていた。
それらで聴いた中から特に気に入ったレコードを帰りに買い、時には映画など観てあとは精々錦市場に寄るくらい。
そんな風だと段々京都という町が田舎に思えてくる。
ジャズ喫茶やロック喫茶それにレコード屋に映画館さらには酒場、そんな需要しかない毎日なら圧倒的に東京に分がある。

前にも言ったかもしれない。
京都はガキの行く所ではない。
だから修学旅行で行ったきりでは余りにもったいない。
40を過ぎたらもう一度京都に行こう。

昔住んだことで中途半端ではあるが土地勘があり、お陰で役に立つ時もあれば仇成すこともあった。
つい歩いてしまうのだ。
40年前とは体力が違うのに。
あれから一週間以上になるが、まだ身体の疲れが抜け切らずにいる。

だが歩くことでのみ見えるその町の素顔ってものがあるのも事実ではないか。
だから旅は歩けるうちに行くべきだと思っている。



京都2015-42



ややお疲れ気味の娘。
今日もずいぶん歩いたからね。
明朝8時に瓢亭の朝粥を予約している。
これはもうタクシーしかないだろう。



京都2015-44



この門の奥に瓢亭がある。
実はホテルの朝食にも既に料金に含まれた「朝粥」のメニューがあるのだ。
実際それを苔寺へ行く日に美味しく頂いた。
わざわざタクシーで乗りつける価値がある事を期待したい。














京都 ⑪

京都2015-45
No.77 2015.10.4




9月22日朝7時過ぎ、ホテルのチェックアウトを済ませ、荷物をすべて自宅宛送った。
すっかり身軽になりタクシーで瓢亭へ向かう。
連休中ということもあり多少道が混んでいるかもしれないからと少し早めに出た。
しかしまったく空いており早く着きすぎてしまった。
時間まで周辺を散策する。

瓢亭の朝粥、良くも悪くも想像通りのものである。
当然期待を裏切らない内容。
そして朝食としては過剰だ。
粥以外のものを三分の一にして料金半分にしたら私には丁度いい。
しかしそれでは商売として面白くないのだろう。
そもそもは朝帰りの旦那衆が芸妓を連れて食べに来たと言うが、そんな彼らが朝からこんなに食う筈がない。
今では観光客目当ての商売になっているのでは。
初めに金額ありき。
価格設定に見合った内容にするとこうなった、というところではないだろうか。



京都2015-46



腹ごなしに歩く。
ホテル傍にあった佛光寺の墓所近く、坂の上にスサノオノミコトを祀る粟田神社があり、ここから知恩院裏手に抜けたかった。
だが現在では道が閉鎖されてしまい、やむなく引き返す。
神宮通を行くと再び青蓮院のクスノキが見えてくる。
知恩院を素通りし円山公園に入る。

オブジェかと思ったがまさかな。
ヤツだ・・・やあ、また会ったな。

ここから高台寺へ向かう。



京都2015-47



高台寺の竹林。
この上に千利休が建てた茶室があり、豊臣秀吉の正室・北政所(高台院ねね)がここから大阪城落城の火の手を見て涙したという。
この話を聞かせてくれたガイドがこの日庵に常駐していた。
何故か若い中国人女性だった。
留学生のバイト?
ところで北政所落涙の件だが、私はどうも信用できない。
夫の死後我物顔の側室とその女が生んだ子(ねねは真の父親が夫だと思っていたか?)の居城が燃え落ちる様を見て今更泣くかな。
もし本当だとしたら、嬉し涙ではなかっただろうか。
尚、関ケ原で東軍に寝返り、西軍を敗北せしめた小早川秀秋は彼女の甥である。

高台寺の門を出、目の前の空き地で暫く少年二人のテニスを見ていた。
不思議なルールでどうやら仮想のゴールラインがあり、ボールが相手のそれを突破すれば一点らしい。
球が逸れ神宮通の方へ飛んでいく。
追いかけてかけ出す二人。
車が来たら危ないぞ。




通天橋



さてこれからどうしようか。
予定では東福寺へ行くことになっていた。
だがいい時間にもなって来た。
ここから結構距離がある。
よし、タクシーを利用しよう。
東大路はこの日も混んでいた。
タクシーに乗り込む。
「観光でっか?」
そうに決まっておる。
「東福寺は紅葉で有名でんな。まだ少し早よおますがな」
まるで今東福寺に行くなんてアホちゃうかと言われているようだ。
「どちらから?」
不案内と思われて遠回りされたらイヤだなと思ったが「札幌です」と正直に申告した。
まったく、イミグレーションの係官かと言いたくなる。
「それは、それは。遠い所からようおこしやしたな、おおきに」
そうと来る思った。
よく喋る運転手氏に適当に相槌打って大渋滞の東大路を行く。
次第に面倒になり返事をしなくなるも、お構いなしに喋り続け漸く東福寺に到着。



京都2015-50



札幌では見たことがないカマキリが参道をゆっくり歩いていた。
写そうと近づけば「なんか用か?」とふり返る。








京都 ⑫

京都2015-51
No.78 2015.10.5





京都南東の外れにある東福寺。
はっきり言ってあまり良い場所とは言い難い。
加えて度重なる災難で多くを焼失した。
同時に庭園も失い、現存するのは1939年重森三玲によって再建されたものだ。
上は北斗七星を表現したという東庭。
こうなったら庭と紅葉で食っていこうと、東福寺潔い。



京都2015-52



庭園のメインとなる唐門と南庭。



京都2015-48



洗玉澗に掛かる通天橋も1959年の台風で倒壊、基礎と脚部をRCにて再建されている。
モミジに隠れ細かいところまで良く見えないのが幸いしている。


楽しかったね。さあ、それじゃあそろそろ帰ろう。
JR東福寺駅まで歩く。
ホームに降りると電光掲示板のダイヤが軒並み遅れを表示していた。
何かあった?
やっと到着した電車内に、人身事故のため遅れが出ている旨放送が流れた。
帰りの便は関空発千歳行なので、京都駅から「特急はるか」を利用する予定だ。
おいおい、大丈夫なのか?
京都13時15分始発「はるか」乗車にぎりぎりのタイミングで京都駅に着いた。
31番ホームへ急ぐ。
駅員とお客が何かやりあっている。
どうやら人身事故があったのは茨木駅付近らしく、東海道線はそこから先へ行けないようだ。
我々が乗車予定の「はるか」は京都駅止め、つまり運休ということ。
パニくった様子の駅員が言うには新快速で新大阪まで行ってくれと、そこからなら「はるか」に乗れる筈だと。
しかし新大阪駅は茨木よりも更に先ではないか、それはおかしい。
現時点で新快速で新大阪へは行けないのではないか?



京都2015-55



今から高速バスや他の鉄道ルートではとても間に合わない。
これは下手をすると、本日我々難民となる恐れもある。
いや、ちょっと待て、そうだ新幹線があるではないか。
窓口で切符を買い、我々はたった一駅だけ新幹線「のぞみ」に乗ることにしたのである。
速い速い。
乗ったと思えばすぐ着いた。
そして新大阪駅のホームを走る。
折り返し運転している「はるか」が待っていた。
結構きわどいタイミングだった。
「はるか」は本数が少なく、乗り遅れればアウトだったかもしれない。



京都2015-57



帰りの機材に787をちょっと期待した。
でもそんなに何もかもうまくはいかない。
先頃習近平さんが爆買を発表した737だった。
あまり好きな機体とは言えない。
特に紙飛行機みたいな翼の先っちょがイヤ。
こんなものを300機も買うなんて気が知れない。
今買うなら絶対787だろ習大大。
それとも売ってくれない?


京都2015-58



無事定刻に新千歳空港に到着。
これにて京都編も終了です。
お疲れさまでした。
また行こうね。










トロイメライ

トロイメライ
No.79 2015.10.6





あるテレビ番組をきっかけにクラシックを聴いてみた。
当てずっぽうにCDを買ってきて片っ端からかけてみる。
ロベルト・シューマンという19世紀初頭の作曲家が書いた四つの交響曲を聴く。
どうもピンと来ない。
そこで色々調べてみると、シューマンと言えば「トロイメライ」が有名で、それは四つの交響曲とは関係ないようだ。
Youtubeで探してみた。
ああ、これか。
聴いたことがあるな。
「トロイメライ聴きくらべ」というのを見つけた。
ウラジミール・ホロヴィッツさんというピアニストの演奏が特に秀逸である。
有名なピアニストのようだが20年以上も前に亡くなっていた。
私にとってピアニストでウラジミールと言えばシャフラノフだ。
でも世間一般にはホロヴィッツなのかもしれない。
運指に不気味とも言えるほどの余裕を感じる。
スローハンドと表されるE・クラプトンの余裕と恐らく同種のものだ。
この人が弾いたジャズピアノが残っているなら聴いてみたいけど多分ないだろう。

シューマンの交響曲は予定調和的で面白くないがトロイメライの美しさは大したものだ。
だがどこかに深い悲しみを湛えてもいる。
精神を病み入院先で亡くなったという。
その時弟子のブラームスと妻でピアニストだったクララが不倫関係にあり、シューマンは「私は知っている」と最期の言葉を残し絶命したのだとか。
もう一度ホロヴィッツのトロイメライを聴いてみる。
シューマンの無念が籠められているだろうか。
そんな風には聴こえてこない。
美しさとは時に偶然の産物でもある。
一つ何かがずれたらバランスを失い崩れ落ちる、そんな儚さを表現するものならばむしろ哀しみと書きたい。
しかしそれは一方で才能と技術と訓練に支えられた確かな哀しみだ。
けして偶然である筈のない計算され尽くした美しさと哀しさ、トロイメライはシューマンの手を借りて人類が残した遺産の一つである。











急げ23号

台風23号
No.80 2015.10.7





週末今年のラストチャリを予定している。
どうもそこを目掛けて台風が来ているようだ。
そういうシーズンだから仕方ないが、来るなら精々早く来てくれると助かる。
昨夜その件で娘と話していたら流れで、来年札幌に転勤して来たら今家にあるテレビをあげるという事になった。
我家は一回り大きいサイズを買うことになる。
現在の設置場所に置ける最大サイズは80インチだ。
ネットで調べてみると選択肢が限られる。
ほぼシャープのみだ。
更に調べると80インチの大きさにもなると、今家にあるようなフルハイビジョン規格では画質が粗くて厳しいようだ。
その倍、4K規格ということになるがそれだと結構な金額である。
それとシャープの液晶パネルに採用されている「モスアイパネル」というやつにどうも問題がある。
着いた指紋などの汚れが取れないらしい。
専用のクリーナーまであるというから、メーカーも認識しているようだ。
しかし専用クリーナーで拭いても、ただ塗り広げるだけでさっぱり取れないという。
これに私のオーディオマニア気質がついていけるだろうか。

もう一点見逃せないポイントがある。
来年のリオ五輪前に8K規格の放送開始が予定されており、それに合わせて8Kテレビも発売されそうだ。
フルハイビジョン規格の四倍の高画質ということになる。
これでバイオハザードをやったら凄いだろう。
しかし当初は100万を超える値札がつくらしい。
今更テレビに100万はない。
8Kが出たらきっと4Kが値崩れ起こすに違いないから、そちらを買おうかな。
どうもそれが現実的な選択に思える。
シャープは精神衛生上良くないので、ソニーの75インチにするか。
過剰なスピーカーが気に入らないけど。



ブラビア











No.26SL

26SL4.jpg
No.81 2015.10.8





マークレビンソンのプリアンプNo.26SLが来て一カ月経った。
アップも完了し本領発揮し始めている。
私の苦節15年はいったい何だったんだ。
殆どの不満があっさり解消されてしまった。
サーッと霧がはれたようだ。
そう思いたくないがNo.26Lがどこかおかしかったのだろうか。

普通にいい音だ。
オーディオ的に普通にいい音。
これで良かったのである。
ベースをゴリゴリ鳴らすとか、唾が飛び散るようなトランペットとか、シンバルが動くドラムとか、そんなものを望んでいたわけではなかった。
実にきれいな音が出ている。
特にピアノ。
これまで我が家の装置はピアノが下手だった。
今はどうか。
普通に目の前でピアノを演奏しているのが見える。
鍵盤やペダルの周りの気配が動く。

いろんな意味でとんでもない類のスピーカーを入れたがいい音が出ず、それでもなんとか自分を納得させようとしていた。
お前のタワケた人生で到達出来るオーディオはこんなものだと。
そういう事にしようと思った。
だから先日クリニックに訪れた青年の言いなりになる事もなかった。
一つ間違えば危ないところだったかもしれない。
でもどう間違っても彼の話に全部乗るなんて事にはならなかったと思う。
そう思いたい。
これで私のオーディオは本当にアガリです。
四半世紀ぶりに本来の音楽好きに戻ります。
やっと心穏やかに聴くことが出来るから。











1億総活躍って

内閣
No.82 2015.10.9





内閣改造、日本以外であまりこういう事はないらしい。
普通の国で閣僚が交代するとすれば失政、失言、体調、スキャンダル、そして政権交代が原因だが、政権が変わって尚続投する例も少なくないという。
それでは何ゆえ日本では定期人事異動のような交代が起きるのか。
総理総裁の求心力維持のためだと説明される。
しかしそれは諸外国においても同じ事情なのではないか。
どうも納得がいかない。
こんなニュースが流れる一方で、生活保護受給者が過去最大216万人に膨れ上がったというあまり明るくない話題もある。
ちょっと計算すると全国民、つまり生まれたてのゼロ歳児から115歳までの全日本人の55人に一人という数字になる。
少なくはない。
1億総活躍担当大臣の新設と重なって見えた。

ある政党のポスターで「子供と老人は国の宝」みたいな事を言っていたが本当か。
確かに子供は宝だ。
今後国の役に立つだろうから。
しかし金を持っていれば別だとしても、そこらの老人が宝だなんて思っちゃいまい。
生きているならせめてと、その票を当てにしているだけだ。
老人に負担を求める政策を提案すると「年寄りは死ねって言うのかい!」と反発するが、実際為政者サイドは内心そう思っているだろう。
早く死んでくれると助かると。
生きていれば年金を食い潰し医療費を湯水の如く使うからだ。
死ねと口に出さないまでも厄介者であり、為政者にとって少なくとも宝である筈がない。
そんな老人に生活保護受給者が増え続けている。
そして今後もこの傾向が続きそうだ。
彼らにも全員に活躍の場があるだろうか。
世の中厳しいとしか言いようがない。
それともはじめから、1億以外2千万の方に含まれているのか。

私はこれから老人の仲間入りをする。
長生きなんかするものではないと思った。
繁殖能力を失いさらに獲物を捕れなくなったら、群れを追われるのが自然界の掟なんだろうから。
尚、1億総活躍担当大臣は拉致問題担当も兼務するようだ。







完璧な快晴だった

2015有明
No.83 2015.10.10





10月7日(水)ありがたくも最高の秋晴れのもと、今シーズン最後の屋外レッスンだった。
テニスのレッスンも様々ある中、外コートで定期営業しているのはここだけだろう。
知人のMなどは客にコートを確保させ、毎度違う曜日違う時間帯にやっているようだ。
北広のマッケンローと呼ばれたこの男、コーチとしての人気高く時給1万円と言っていた。
テニスのレッスンは大抵1時間半なので、一回の稼ぎが1万5千円、コート代は公営だと千円/hくらいだから1万7千円を客が割勘しているのだろう。
8人だと2千円強となる。
Mの方は一日2回週10回月40回年480回で年収720万となり悪くない。
多分TAX FREE、税金などびた一文払いはしないだろう。
しかし、役所が気付き公営コートでの営業行為禁止に動き出した。
Mよ、その後暮らし向きは大丈夫か?

私が行っていたレッスンはKコーチの人柄もありマッタリしている。
そこが気に入っているのだが、客のレベルがバラバラ過ぎて気をつかう。
あり得ない事だが事実上レベル分けがない。
分けるほど客がいないのだ。
だからコート上を野性の女さっちゃんのエグい球と、走るのがやっとなおばさんのヨロヨロ球が交錯する。
コーチも捌くのが大変だろう。
複式学級のようなものだ。

クレーコートなので終了後コート整備を行う。
これが結構好きだ。
キレイになったコートにうっとりする。
それはいいとしても、オムニコートにブラシ掛けさせる市営コートのアホな管理者にモノ申す。
まったく意味がないから即刻止めなさい。
ブラシで均すほど砂の量が維持されている市営コートなどない。
毎回ウンザリするがルールなら従うしかないでしょう。
私は前に使用している人たちに「やらなくていい」と言う。
しかし次の人が言ってくれないから、私はやらざるを得ない。
皆で「やらなくていい」運動を広めたい。










さよならBOXSTER

boxter.jpg
No.84 2015.10.11





数多ある若気の至りの中でもトップクラスの笑い話だ。
十数年この車を所有した。
見ての通り冬の北海道に適さない。
毎年11月になるとバッテリーのコードを外し、翌年のゴールデンウィークくらいまで冬眠してしまう。
年に千キロも走らない。
ミュアルミッションなので歳とともに益々億劫になってきた。
この度息子が免許を取るので譲ることにしたのである。

元来モノを大切に扱う性格で、状態が非常に良好だ。
これを息子に渡せばすぐにガチャガチャにしてしまうかもしれないが、それは彼次第、好きなようにしたらいい。
若葉マークを貼って乗る初めての車が、左ハンドル且つマニュアルのオープン2シーターというのもエピソードとして面白いだろう。

この車に何か特別な思い出があるだろうか。
特にないな。
これの前にMGFというイギリス製のオープン2シーターを持っていた。
そちらの方がずっと楽しかった。
オープン2シーターは車体もエンジンも小さいのがいい。
絶対的な性能は程々でよく、高級感も不要だ。
その点でMGFは丁度良かったのだ。
しかし残念なことにある時水害でダメにしてしまった。
それでこれを買ったのだが、重量の割に排気量が大きく馬力があるせいで、日本で使うには性能が過剰である。
ほとんどの場面を3速がカバーしてしまい、マニュアルの意味が(面倒なこと以外)あまり感じられない。
これならいっそのことATで良かった。
シャシー性能も極めて優秀で安定している。
いや、し過ぎている。
破綻を来たすそぶりも見せない。
私の力量でタイヤを鳴かせるなどまったく無理だ。
危険な香りゼロ、クールで頭脳明晰な優等生タイプ。
つまりはっきり言って少し退屈な男なのだ。

「Young At Heart」を維持しようとずっと持っていたが、もうそんな必要も感じられなくなった。
息子がこれで運転を覚え、良いドライバーになることを望む。
いつか懐かしくなる時があるかもしれないと思い、ガチャガチャになる前に記念写真だけは残すことにした。










異常な市場価値

アルゼンチン
No.85 2015.10.12





バルサのリオネル・メッシが、日本円にして5億6千万円の脱税容疑で禁錮22カ月の求刑を受けている。
どうも本人不関与らしく、一罰百戒的な見せしめの要素が大きいようだ。
それというのもスポーツ界のトップエリートの所得凄まじく、そんな彼らの脱税を摘発するのは正に「虎も叩く」を実践して見せる効果があるという事だろう。
いったいメッシの年収はどれくらいあるのか。
人の財布を覗く下品を承知の上で調べてみた。
約90億円であった。
他にはロジャー・フェデラー80億、タイガー・ウッズ60億である。
才能のある人の稼ぎがいいのは当然とはいえ、なんかな~と思うのは私だけなんだろうか。
だってたかだか球を蹴ったり打ったりするだけですよ。
戦闘機が買えるほどの価値がありますか?

そこへいくと今売り出し中のラグビー選手は庶民的だ。
基本アマチュアであり、言ってみれば普通のサラリーマンだ。
調べはしないし調べても分からないだろうけれど、多分私と大差あるまい。
いいねえ、応援したくなるわな。
第一スローガンがかっこいいや。
「ワン・フォー・オール、オール・フォー・ワン」こういうのに私滅法弱いのである。
試合が終われば「ノーサイド」敵も味方も最早ないというので、実際ロッカールームも一緒で譲り合いながらシャワーを使うのだそうだ。
そんなの欺瞞だって?
決まっている。
でも敢えてそうするのだ。

大晦日は合はぬ算用。
武士は食わねど高楊枝。
「マネー・イズ・オール」とかだとやっぱり白ける。
最近ではプロスポーツの放送を見る気がしなくなった。
サッカーのワールドカップ予選もそうだ。
あれ自体にたいして大きな報酬が絡まなくとも、結局は巨大市場への就活だもんな。
応援するのが馬鹿らしくなった。







日本酒の謎

鮨なか
No.86 2015.10.13





訳あって娘と二人近所の寿司屋へ。
「鮨なか」というお店だ。
この店、2012年に一度だけ出たミシュランガイド北海道版で星を一つ獲得した。
あとで店主に聞いたところ、本当に覆面調査員が食事に来、後日掲載許可を求め写真撮影に再訪したそうだ。
前から行きたかった。
しかし我家から中途半端な距離にあり、つまりタクシーで行くには近すぎ歩くには遠い。
帰りも同じことで、タクシーを呼んでもらうのを躊躇う。
それでなかなか機会がなく、「なかなか行けないお寿司の鮨なか」と怪しくなった私の記憶力でもしっかり頭に定着していた。
ひと頃はよると触ると桶狭間、いい国造ろう鎌倉幕府ですね。
それはともかく、今回は妻の送迎付で念願叶った。
カウンターのみ八席で予約を取るのが大変らしい。
ミシュランガイドの影響である。
事実この夜も満席だった。
本が出る六年前から店を始めており、それまでの常連さんから苦情が出ているとご主人やや複雑な表情だ。

カウンターというとちょっと身構える人も多いだろう。
居心地はホント中の人(店主)次第だ。
ここのご主人お世辞でなく感じの良い方で、リラックスして食事を楽しめる。
店が繁盛する理由はもちろん料理が文句なく素晴らしいせいもあるが、半分はご主人のお人柄と接客態度によるものだろう。
まだ四十そこそこだと思う。
和服がお似合いの素敵な奥様と二人、お客をもてなそうという心のこもったサービスで料理の味が確実に三割アップする。
食事のメニューはない。
お客の様子を見ながら供されるものを頂くスタイル。
でも心配いらない。
安くはないが予想を超えることはない。

白ワインを一本頂いた。
寿司食いに来てワインなんか飲んでんじゃねーよ!みたいな店ではない。
お二人で色々試飲し毎月出すワインを変更するのだという。
この日の選択肢は白ワイン二択で料金同一だった。
私たちはチリ産のシャルドネを大変おいしく頂いた。
ところが期待値以上に美味しいものだからすぐに空いてしまい、気を良くして「じゃあ日本酒を少し頂こうか」ということになった。
日本酒のチョイスは奥様の担当らしい。
私はよくわからないのでお勧めのものを頂くことにした。
鳥取のお酒であった。
ワイングラスに瓶から直接注ぐ奥様の立ち振る舞いがさまになっている。
「おいしい!」と娘。
ほんとうだ。
日本酒がちょっと苦手な私にも分かる。
これはたいしたものだ。
この後で頂いた新潟のお酒もフルーティで素晴らしかった。
頂いた日本酒はこの二杯だけだ。
二人とも大満足にて妻の車で帰宅。
鮨好きな彼女に散々聞かせてやったが、残念がる残念がる。

このあとがいけなかった。
私よりずっと酒の強い娘が夜中に少し具合が悪くなったようだ。
私も翌朝結構な二日酔いだった。
最期の二杯がワインなら多分まったく平気だったと思われる。
二人でグラスのシャンパン二杯にボトル一本なら完全に適量の範囲だ。
ワインと日本酒のアルコール度数は殆ど変わらない。
いつもいつも不思議で仕方ない。
何故日本酒って翌日に残るのだろう。
このお店にはこれからも行きたい。
それは歩いてでも行くと思う。
でも日本酒はやめておこう。








テニス団体戦

加盟団20151
No.87 2015.10.14





妻が「訳あって」鮨なかに行けなかった訳とはこれだ。
翌朝8時半開始の団体戦。
別に無理に酒を飲まずとも鮨だけ食っておれば良さそうなものだが、連れが飲んでいるのを黙って見ていられないらしい。
テニスという競技は非常に個人的というか孤独なスポーツだ。
自分(とダブルスの場合のみパートナー)以外皆敵である。
一人で考え一人で決めて一人で戦う。
だが団体戦だけは違う。
メンバー全員がコート内に入り応援出来るだけでなく、アドバイスすら出来る。
団体戦以外で他の者がアドバイスなんかしたら「コーチング」の反則で試合中の選手が失格である。
厳しい戦場で戦ってきたテニス選手はだから団体戦で盛り上がる。
同じ釜の飯を食った仲間だ。
1ポイント1ポイント大騒ぎである。
まさに「ワン・フォー・オール」「オール・フォー・ワン」
この1ポイントは自分だけのポイントじゃない。
仲間みんなのポイントなのだ。
だから普通の試合以上に緊張もする。
大事なポイントなんかもうガチガチだ。
セット数1-1で迎える第三試合、6ゲーム先取の最終場面でゲーム数5-5ポイント40-40なんて残酷なシーンが割とよくある。
デュースはない。
次のポイントを取ったチームの勝ちである。
そんな時サーバーだったら大変だ。
なんとかファーストサーブを入れたい。
だが普段なら入るサーブが入らない。
力み過ぎたファーストサーブがサービスラインを大きくそれる。
思わず仲間の顔を見るサーバー。
皆祈るように息をのんでいる。
絶対入れなきゃ、神様お願い・・・
静まり返るコート。
サーバーのパートナーはネット前で金縛りにあったように固まったままだ。
そして泳ぐような不自然なフォームで打ったセカンドサーブが放物線を描き無情にもネットに掛かる。
ウォーッ!躍り上がって勝利を喜ぶ敵陣営。
しゃがみ込むサーバー。
うなだれる仲間。
だが誰も責めはしない。
「ドンマイ、ドンマイ!」「よく頑張った!」

そんな団体戦が好きなんですよ。



加盟団20152













2015豪雨のラストチャリ

チャリ20151011
No.88 2015.10.15





10月11日(日)今年最後のサイクリングだ。
あまり芳しくない天気予報だが、都合上この日に強行する。
出発してからこの休憩ポイント(滝野公園)までずっと向い風が続いた。
パスファインダーの息子が少し疲れ私と交代する。
暫く行くと雨が落ちてきた。
次第に強くなり、滝野霊園陸橋下で様子を見る。
10分ほど経過したのち雨脚が弱くなったので再スタートを決断する。
しかしその直後雨が急激に激しくなる。
最早行くしかない。
長い登りを終える頃、我々はずぶ濡れになっていた。
気温は15度くらいだ。
家までまだ小一時間かかる。
ギアを落とし足を動かして体温をキープするよう子供たちに伝える。
水に落ちたように濡れた衣類が身体に纏わりつく。
二人が次第に遅れはじめる。
体力が低下していると思われる。
家で待つ妻に電話、風呂に湯を入れて玄関に脱衣籠とバスローブの用意を依頼する。
子供たちを励ましながらなんとか帰宅。
玄関で濡れた衣類をすべて脱ぎバスローブに着替える。
身体に張り付いた服を脱ぐのが一苦労だ。
順番に風呂で身体を温める。
もしも気温がもっと低かったらやばかった。
ゴアテックスの上下が絶対必要だと思った。









息子誕生祝

小樽20151
No.89 2015.10.16





豪雨のラストランのあと、風呂で体を温め着替えて皆で出掛ける。
息子の誕生祝の食事会を今年は小樽でやることにした。
15時14分発の快速エアポートに乗車する。
約30分で小樽だ。
雑誌を読む暇もない。



小樽20152



ちょっと良さそうな喫茶店を見つけてコーヒータイムにした。
神戸出身だという店主が、今夜埠頭でB級グルメフェスタのような催しがあるよと教えてくれた。
残念だが時間的に行けそうもない。
ホテルに荷物を置き、予約したレストランへ向かう。



小樽20153


小樽唯一のフレンチ「ラ・シュミネ」は小樽駅近くの船見坂上り口にある。
・・・筈だった。
あれ?場所間違えたたかな?
行きつ戻りつ確認する。
いや、ここだった筈だ。
半年前には間違いなくここにあった。

別の店になっていたのだ。
どうなってるの?
店に電話してみる。
「6時に予約した者ですが、もしかして移転されました?」
もしかも何もそれ以外な訳がない。
ラ・シュミネは5月に船見坂から花園に移転したようだ。
急ぎタクシーでそちらへ向かう。



小樽20154



新しいお店がある花園一丁目。
場末感濃厚な路地の奥、スナックなど飲み屋が入る二階建て雑居ビル(と言っていいかどうか)の二階にラ・シュミネは移っていた。
元は居酒屋だったと思われる。
店主の話ではどうも立ち退きを迫られたようだった。
いくらか受け取った立ち退き費用でこの居酒屋を少し改装したらしいが、最早フレンチレストランの体裁ではない。
靴を脱いで上がる席は掘りごたつだ。
隣の席と簾で仕切られている。
一々靴を脱いで店の人がサーブする。
構造上無理があり窮屈そうで見ていられない。
ワインは自分たちでやるからとボトルごと受け取った。
残念なことになってしまった。













小樽2015秋

小樽20157
No.90 2015.10.17





ラ・シュミネからホテルへの帰り、店にタクシーを呼んでもらった。
雨が降っていたし、昼間のチャリで疲れていたから。
それに歩いて帰るような距離ではない。
ラ・シュミネの美点は徒歩で帰れるところにもあった。
食後タクシーに乗るのが私は何となく嫌いだ。
タクシーそのものがそもそも嫌いなんだが。
帰りにタクシーに乗るのなら、これはもう「アキナガオ」や「ル・バンテール」へ行くのと同じことだ。
つまり小樽までわざわざ来る理由がなくなってしまった。
ホテルへ帰り爆睡。



小樽20155



翌朝6時に目覚める。
今日は10月12日体育の日だ。
午後から妻の体験レッスンに同伴する予定だった。
先日の団体戦で散々な成績だった彼女は、もう引退すると言い出した。
それもいいけど、少しレッスンに通ってみたらと勧めた。
コーチに見てもらい修正することで復活する場合もある。
テニスの回数が増えることで体力も戻るかもしれない。
私はこれで妻のテニスが数年延命できると見ている。

ホテルを出て近くの喫茶店でモーニングセットをたのむ。
小樽に来た時しか食べないトーストである。
もしかしたらこれが最後かとかみしめる。
10時4分の快速エアポートで札幌へ戻り、駅で息子と別れた。
11時過ぎ帰宅。
テニスの時間まで娘とバイオハザードをして過ごす。
レインボーの武器やはり出ない。
それから一緒に家を出て、娘は伊達へ帰って行った。

当日まで担当コーチが決まらなかったが、行ってみたらビックリ仰天が担当で話が早かった。
当初友人Hの担当クラスと思ったが、聞いてみたら定員いっぱいで入れないので、それならビックリ仰天のクラスが良いのではと考えていたのだ。
体験レッスンの参加者我々二人のみ。
「ハイご主人、ハイ奥さん」などと白々しくも言うので参った。
シゴキまくられへとへと。
そろそろ客の歳相応のレッスンを考えないとイカンよ君。









多少の思い出など

東寺オブジェ
No.91 2015.10.18





先日東寺の弘法市で買った不思議な籠に、娘が紅葉した葉を集め飾っていった。
上が昔から家の庭にあるモミジ、下はモエレ沼公園で彼女が集めたものだ。
袋に入れたら?と言ったけどバラバラになると嫌だからと言い、ずっと手に持ったまま家まで持って帰って来た。



201510161.jpg



これは母の日に息子が持って来たカーネーション。
いつの事だったか分からない。
ドライフラワー化したものを花瓶にさしてある。
触れば崩壊するだろう。
でも妻はこれを捨てることが出来ずにいる。




201510162.jpg



軽く数年以上前のことだ。
父の日に娘にもらったワインだと思う。
中が何か開けたことがないので分からない。
もったいなくて飲めなかった。
飲むつもりがなかったので、冷暗保存せず立てたまま飾っている。
多分もう中身はダメだろう。
遺言に葬儀禁止と通達してあるが、棺を用意しなくては火葬も出来まいから、その中にでも入れてもらえるとありがたい。



プレゼント1



息子が旭川の大学に行くため家を出た年の六月、急に帰って来た。
私に誕生日プレゼントを渡すためだった。
正直驚いたし嬉しくもあったが、なんでこれ?とも思ったよ。
大切にしまってある。
これも将来ワインと一緒に入れてもらいたい。



このようなブログがあることを子供たちは無論知らない。
前のやつはそうでもなかったけれど、今回のは彼らに言い残すことを意識している。
あとでこれらを見、昔を思い出すよすがとなればいいなと。
彼らがまだ家にいた頃、私はけして優しい父親ではなかった。
ごめん、はっきり言って良い親じゃなかったな。
二人をなんとか一人前の、そして真っ当な人間に育てることに、それから自分自身のことに精一杯だった。
それが私と言う男の能力の限界だった。
他にもあるがまあいいだろう。
今更これ以上弁解しても仕方ない。

二人とも大人になった今、これからの事は君たち次第だ。
繰り返しになるが、父に出来ることなどもう何もない。
余計な事でも一言申し添える。
人生って思いの外短いよ。

人生に意味みたいなものは一切ないと父は思っている。
楽しくやるかやらないか、ただそれだけだ。
だから楽しくやりなさい。
人様に迷惑さえかけなければそれで大丈夫だ。
我慢するのは我慢する価値がある時だけでいい。

最近では大人同士の付き合いが出来るようになり、嬉しく思っている。










親子温泉

滝の屋20152
No.92 2015.10.19





恒例の親子温泉旅行である。
今回は登別の「滝乃屋」という宿にした。
実はここ、去年の6月にうちの子供たちがおばあちゃんの誕生祝にとセッティングした宿だ。
ネタ切れということもあり、もう忘れているかもしれないからと決めた経緯だった。
しかし母は覚えていた。
ごめんなさい。



滝の屋20154



前回来た時はブラジルワールドカップの真っ最中だった。
わずか1年少々しか経っていないのに、ずいぶん前のような気がする。
そして私はその後サッカーへの興味を失った。
日本がワールドカップで優勝する可能性は永遠に限りなくゼロに近い。
それには目を瞑るとしても、代表になる連中というか、サッカー選手の体質が嫌になった。
チャラ過ぎる、自分のことしか考えていない、実力もないのに口だけ達者、などなど様々不満だらけだが、一番頭にくるのは日の丸を背負って日本のために戦うなんて気持ちがまったく感じられないところだ。
少しはラグビー日本代表を見習うとよい。

季節が進み、登別は紅葉が始まっていた。



滝の屋20153



滝乃屋は2008年に二年半の休業をしてまで全面的に建て替えたそうだ。
それなりに頑張っているのだが、ワインが抜栓されて出てきた。
居酒屋で2000円のワインだとしてもウンザリする(大抵ポリタンクのバルクワインから瓶に詰め替えている)が、五桁のワインを抜栓して出すタブーを理解できないのか。
中身が何だか保証出来ないという話になるでしょう。
前回そんな事はなかった。
ちゃんとテーブルで開けてくれた。
前回の方が使用されたワインオープナーが優れものだったので覚えている(ほんとは後で妻から聞いて思い出した)のだ。
素性を尋ねたら箱を見せてくれた。
それが何とカークランド(コストコオリジナル)だった。
後日我家でも入手し愛用している。
そんな事もあるので、今回は従業員の個人的なマニュアル違反かもしれない。
だがこの方が駄目だったのはそれだけではない。
リピーターだという情報を把握しているらしく、殊更それを強調してくる。
前回愛人と来てたらどうするのか。
実際弟は初めてで、母が「前の事は内緒にしよう」と言い初めて来たような顔をしていた。
少々バツが悪かった。



滝の屋20151



サービス業、接客業はとにかく人材だ。
教育と言ってもいい。
北海道はホントこれがまるきりなってない場合が多い。
仏作って魂入れずと言うが、施設がそれなりにしっかりしているだけに惜しまれる。









冷えてきました

有明紅葉
No.93 2015.10.20





雨で中止になった分の屋外テニスレッスンがあった。
こんな具合の紅葉で天候にも恵まれた。
しかしもう寒い。
低温下のテニスは運動量を確保しないと末端が冷えて痺れてくる。
特に左手(私右利き)指先である。
右手にはラケットを振り回す事で活発な血流が起き、トスを上げるかバランスを取ることにしか使わない左手と比べればまだマシなのだ。
そのことを後でコーチのKさんに言ったら、私なんか両方ポカポカですよと。
確かに彼の左手は熱かった。
つまりこういう事だ。
Kさんは運動しすぎなのだ。
四人しか客がいないのに、一人休憩。
自分だけ出突っ張りである。
そりゃあポカポカだろう。
難しいところだ。
客のレベルが十分高く揃っていれば、コーチは球だけ出してコートの外にいればいい。
でもそうでない場合、自分がいつもコート内にいなければ全体のプレーがまとまらない。
でも客は冷えコーチは疲れる。
客を満足させて帰すのは大変なことだと思う。








瑕疵担保責任

瑕疵担保責任
No.94 2015.10.21





横浜のマンションで起きた問題が世間を騒がせている。
感じ方も様々あろう。
自分でなくて良かった。
自分に起きませんように。
あるいは自分と同じだ。
中には恐くて家なんか買えないと思う人もいる筈で、それはある程度正しい。

今回の問題、住宅関連の仕事を長年してきた立場で言えば良くある話である。
住宅なんてこんなものだ。
姉歯事件のような事もあったが、仮に設計するのが優秀でまともな建築士だったとしても、現場で実際に作業するのは鳶や土方や大工や設備屋や内装屋だ。
真面目な鳶や土方や大工や設備屋や内装屋もいるだろう。
しかし世の中そうでない者もいっぱいいる。
それらを現場で完璧に監督出来るものではない。
手抜き工事なんてものは世の中にゴマンとあったのだし、これからも普通にある。
完全に設計図通り建つ方がむしろ珍しい、いやほぼ無いと考える方が実状に近いと思う。

横浜の当事者がどう感じておられるか分からない。
お気の毒だ。
だが彼らは非常にラッキーでもある。
売主が大手で且つ健在だからだ。
何の心配も要らない。
元通りに挽回できるだろう。
ゴネれば焼け太りも可能だ。

このような問題が起きた時、既に売主側が破綻して居ない場合が多々ある。
そうした場合、現在何らかの保険制度救済制度等あるのかもしれないが、知る限りアウトだった。
泣き寝入りだ。
誰も助けてくれない。
何の保証もない。

個人的に恐ろしいのは、そういったモノの売主に私がなる可能性があるという点にある。
中古住宅を買いリフォームして転売した場合、引き渡し後最低24カ月間「瑕疵担保責任」を負わされるのだ。
瑕疵担保責任とは外から見えない欠陥を保証しなさいというもので、正に今回のようなケースに相当する。
中古マンションの売主となった場合、その範囲は普通専有部分に限られる。
横浜のマンションで起きているのは共有部分の問題である。
しかし心理的瑕疵というものもある。
この問題を知っていれば私は買いませんでしたと訴訟になった場合、裁判所がどういう判断をするかやってみなければ分からないが、一般に裁判所は消費者に甘いので敗訴する可能性もけして低くないと言える。
そうなると私はどうなるのか。
修理するか売った時の金額で買い戻す事になる。
私個人に修理できる訳がないので後者だ。
元々の売主が倒産していて既にいない場合、その後問題を解消する者がいない。
傾いたマンションはもうまともな商品になんかならない。

横浜のマンションを売った業者はなんのかんの言っても自分の責任だから仕方ない。
だが私はどうだ。
自分で設計したわけでも現場を監督したわけでも分譲販売して利益を得たわけでもない。
過酷過ぎやしないだろうか。
モノポリーで終盤「家を修理、ホテルを修理」のカードを引きやられる事がある。
あれだ。
桑原桑原。









難民申請

シリア
No.95 2015.10.22





現在EUで大きな議論となっているシリア難民受入れ問題。
実はEUばかりではない。
遠く離れたカナダでは是非を巡り政権交代が起きるかもしれず、そうなるとTPPの先行きにも影響が及ぶ可能性が出てきた。
日本は無関係なのかと言えばそんなことはない。
現在約60人の難民申請があるという。
今のところそれだけだが、今後どうなるかわからない。
そして難民はシリアに限らず、いつ周辺国等から押し寄せるかも分からない。

労働力不足解消になって良いなどと気楽な事を言う人は少数派だと思う。
確かに日本は今後労働力が不足するだろう。
しかし労働力不足を補い得る海外の労働力を受け入れるとすれば、当然彼らが一定の条件をクリアーしていなければ悪いけど役に立たない。
日本語が話せ、読み書きが出来ること。
そしてモラルを含め語学以外にも最低限度以上の教育を受けていること。

難民の中にこの条件を満たす人がいても、それは例外的な存在である。
特に言葉の問題だ。
難民はあらゆる意味で受け入れ国にとって負荷となる。
犯罪が増え治安が悪くなるかもしれない。
いや間違いなくそうなる。
しかし人道上これを拒む事が出来るだろうか。
さあどうする、という話を多くの国が差し迫った問題として突きつけられている。

その時日本はどうしたら良いのだろう。
完全に拒むというのは「死ね」と言うのとほぼ同義である。
もしも一定数を受入れざるを得ないなら、難民受入れの代わりに厳しい制限を付けるというのは可能だろうか。
生存を保障するが移動を制限するのである。
特にある程度日本語を理解するまで施設内で頑張ってもらう。
施設を出る条件は試験にパスするか任意国外退去のどちらかだ。
試験に通らず一生施設内に居ても良い。
ただし逃亡すれば指名手配、確保後強制的に国外退去とする。

試験に通り施設を出ても尚居住地域を制限する。
例えばどこかに農場を作り労働力となってもらう。
もちろん語学力と教育が身についていれば話は別だ。
しかし難民第一世代が日本の社会に順応するのは非常に困難だろう。
彼らの生活を一生面倒見る覚悟がいる。
第二世代(10歳以下)は適応力があるだろうから、親元から離して全寮制の学校に入れ、ゆくゆくは自活できるように教育する。
もちろん親元へは定期的に帰す。
第三世代以降は普通に日本人として生きていける筈だ。

ほんの思い付きに過ぎないが、例えばの話こうした方法は国際的に問題にならないだろうか。
同時に我が国の側で果たしてそのような受け入れが可能だろうか。
つまり居住性に問題がなく、十分に衛生的な難民キャンプを構築し維持できるのかという事だ。
多分出来はすまい。
「仮設住宅」を見よ。
歴とした自国民への対応あの有様、いわんや難民をや。
精々頑張って既存公営住宅の空き家を活用する程度だろう。
しかしそれは難民を管理しない、地域社会との共生を意味する。

難民を受け入れ野放しにすればとんでもない事になるのは明らかである。
そんなことをする国などある筈がない。
しかし上記のような管理受入れが出来たとしても、後日間違いなく新たな偏見と差別を生むであろう。
それはいずれ相互の憎悪と対立へ変わっていくのかもしれない。
水際で阻止する後味の悪さとどちらがマシか。
難しすぎて答えが見えない。
これは本当に正解のある出題なんだろうか。













紅葉2015

西岡紅葉2
No.96 2015.10.23





我家のモミジもいよいよ色付いてきた。
きれいなのは結構。
しかし最後は散るので困る。
今年モミジに一番近い家に新しい家族が引っ越してきた。
若い夫婦で子供らもまだ小さい。
ご主人どうも警察の方らしい。
何も悪い事なんかしていない私は特に問題ないが、モミジの落葉で苦情が来ないか心配だ。
我家から離れているから、うちには直接実害がない。
しかし写真にもちらり写る黒いミニバンに、ジャンジャン落ち葉が積もるであろう。
この家の居間からこのモミジが一番良く見える筈で、それとのバーターと言うか景色に免じてお赦し頂けるとありがたい。



西岡紅葉1












耳鳴り

聴力
No.97 2015.10.24





最近耳鳴りがひどい。
絶えず聴覚のベースに「キーン・・・」と聴こえている。
あまりに絶えず鳴るものだから、忘れている時があるが鳴っている。
音楽の一部と化して久しい。
秋の深まりとともに耳鳴りの音量も上がって来ている気がする。
気にすれば気になる。

調べてみるとどうも加齢による聴力の衰えが原因らしい。
歳とともに高音が聴こえ難くなるという。
その聴こえなくなった帯域が耳鳴りとなって聴こえるそうだ。

モスキート音というのが耳のチェックなんかに使われるが、若者に聴こえるその音が聴こえない中高年にショックを与える。
そもそも人間の聴力では2万Hz以上の音が聴こえないとの理由から、CDの規格では2万Hz以上がスッパリ切られている。
私の年齢になると1万Hzがまったく聴こえない方も少なくない。

私は今のところ1万Hzまで聴こえている可能性がある。
スピーカーのツィーター(高音用ユニット)帯域を1万Hz以上に設定しており、耳を近付けると鳴っているのが分かる。
ただし1万Hzから下をCDのようにいきなりカットしている訳ではなく、-12㏈くらいの減衰特性つまりフェードアウトなので、実際聴こえているのは8千Hzまでという事も十分考えられる。

耳鼻科で検査すれば分かるのだろう。
でも1万Hzが聴こえていないと判明したところで、けして聴こえるようにしてくれるわけではあるまい。
放っておこう。










Golden October

golden october
No.98 2015.10.25





昔好きだったドイツのワインに「ゴールデン・オクトーバー」というのがあった。
とてもフルーティーで、ブドウそのままの風味が気に入っていた。
その後嗜好がドライ方向に変化し、ドイツの甘口ワインを飲まなくなった。
このワインを輸入販売していた北海道発祥の大企業が起こした偽装事件があり、その事ですっかり会社そのものが衰退してしまった。
企業として絶対やっては(バレては)いけないこと、致命傷となるスキャンダルというのがあり得る。
件の杭に関する事件もそうなる可能性がある。

何故こうした事が起きるのか。
他との厳しい競争故だ。
競争に勝ち、生き残る者がいる。
一方で敗れた者は滅ぶ。
だから皆必死だが、勝ち残るという事は出し抜くという事でもある。
ボーッとしていればあっと言う間に出し抜かれるのが世の中というものだ。

この原則に大人も子供もない。
教育経済学という学問があるそうだ。
どうすれば効率的に有効な投資を教育に行えるか、そんな視点で研究するのだという。
教育経済学によれば最も効率的な投資が可能なのは幼少時である。
まあ普通に考えてもそうだろうと納得するけれど。

世間を生き抜く力を与えるのが教育である。
それは幼少時より始めなければ間に合わない。
時間と費用をかければ十分な効果を発揮するだろう。
しかしそうでなかった者は、哀れな弱者として生きるしかなくなる。

これは教育による他との差別化だ。
同一地域内で力を授からなかった者は、力ある者からの一方的な搾取を受ける側にまわるだろう。
教育が行き届いた地域があれば、そうでない地域が被搾取の立場に置かれることになる。
それは国と国、大陸と大陸へと広がるかもしれない。
このようにして生じる格差を、最終的に地球規模で解消する事はおそらく困難だ。
全人類がハッピーにはなり得ない。

教育経済学というのは格差を効率的に発生させるための学問(と呼んで良いかどうか)である。
言い換えれば、自分さえ良ければいいと公言している。
格差のない人類社会を築くといった類の「理想」など一切持ち合わせない。
理想を持たない学問か。
悲しいな。
文化大革命やクメール・ルージュも困るが教育経済学もどうかと思う。
たとえ無理とわかっていても、学問には全人類に希望と勇気と幸福を与える姿勢が必要だ。
そうやって誤魔化しながら、人類はなんとか先へ進んで来た。








初雪

2015初雪
No.99 2015.10.26





10月25日、日曜日の朝うっすらと雪が降った。
冬が嫌いだ。
毎年冬期鬱状態になる。
それで沖縄移住計画も考えた。
しかし食い物が合わず断念。
その沖縄に現在友人らが行っている。
朝から25度もあるらしく、すでに裸で酒を飲み盛り上がっているようだチキショウめ。

地球温暖化対策でCO2(二酸化炭素)削減の話が片やあり、それが果たして正しいのかという話もこなたある。
温暖化は事実だが、その事と二酸化炭素排出がストレートに因果関係にあるかどうか怪しいという説だ。
地球は定期的に勝手に温暖化と寒冷化を繰り返しているだけで、そういう立場から二酸化炭素削減論は陰謀であるとする学者もある。
素人にはさっぱり分からない。
しかし二酸化炭素という気体が循環しているというのは事実のようだ。
火山活動で大量に放出され、雨に溶けて炭酸となり、海でカルシウムイオンと反応沈殿し、プレートテクトニクス(プレート移動)によりマントルに還り、再び火山活動により大気中に放出される。
人間活動で多少増えても大勢に影響ない。
そうかな、とも思える。

いずれにしろ間もなく冬だ。
イヤだねえ。
雪さえ降らないなら、地球温暖化まことに結構なんだけど個人的には。








Somethin' Else

枯葉
No.100 2015.10.27





道東内陸部で氷点下の声を聞き始める頃、知人男性のもとにやっと注文していたスポーツカーが届けられたという。
その車の話をお聞きしたのは多分、半年以上前の宴会での事だったと思う。
男性は既に年金受給年齢に達しておられるが、いまだ現役でバリバリ働いている。
彼が注文したという車は非常に特殊で高額で、それにかなり派手だった。
凄いなあと感心する一方で、しかし何かどこかにひっかかるものを感じた。
私はその車が少しもうらやましくなかった。

やっと届いた車の初ドライブで知人はちょっと事故を起こしてしまった。
トンネル内のセンターラインに並ぶポールに、右サイドをヒットさせてしまったのだ。
幸いにも単独事故だったようだが、新車は無残に傷つき修理工場へ送られた。
トンネル事故である。
一つ間違えば他車をも巻き込み大惨事になる可能性があった。

あの時感じた漠然とした違和感の正体がわかった。
値段は全然違うが同じメーカーの同じように左ハンドルの車を、私は息子に譲ろうとしている。
それは結局今や私がその車、着座姿勢の低い左ハンドルのスポーツカーを持て余しているという事なのだ。
仮に20年前なら、知人は今回のようなミスを犯さなかっただろう。
たとえどんなに資金があっても、止めておいた方がいい事があるのかもしれない。

車はそれを操る自分自身を含め、多くの命を簡単に奪う事が可能だ。
それを十分承知して運転しているようだが、長年ハンドルを握っているうちについその事が現実から遠ざかっている。
自分が持て余しているものを初心者の息子に押し付ける、そこに果たして正義があるか。
後になって後悔する可能性は常にある。
誰が判断すべきだろう。
私か。
それとも息子か。
相当迷っている。








Chicken Game

USS_Lassen.jpg
No.101 2015.10.28





アメリカ海軍第七艦隊(横須賀)所属のイージス艦「ラッセン」がスプラトリー諸島に派遣された。
「南沙海域での不法な埋め立て中止を求める」
先月ワシントンで行われた米中首脳会談での事、オバマ大統領が膝詰めで習近平国家主席に迫ったという。
習主席は声を荒げこれを拒否、米中会談は決裂した。
そして超ハト派のオバマが遂に切れた。
かねて軍部より進言のあったスプラトリー進攻作戦を承認した流れだ。

進攻と言っても中国が主張する12カイリの領海を認めない意思表示のため、同海域を通行するだけだ。
嫌がらせに近い。
2年前突如持ち上がった東シナ海の中国防空識別圏設定事案の際も、アメリカはこれを認めない立場から繰り返し同空域の飛行を続けた。
その事で不測の事態は生じていない。
しかし防空識別圏が領空ではないのに対し、中国が主張している同海域は「領海」である。
ラッセンが涼しい顔でそこを通行すれば、中国のメンツは丸潰れだ。
そもそも首脳会談に端を発したその事態を黙って見ている筈がない。
海警になるか軍艦になるか、多分海警だと思うが必ず阻止に動くだろう。
ラッセンとて「はい、そうですか分かりました」と言っておとなしく帰って来るわけにもいかない。
チキンレースだなこれは。

ないとは思うが万一軍事衝突に至った場合、エアカバーもないラッセン単艦では相当厳しいだろう。
イージス艦というのはけして無敵の軍艦ではない。
高速を出すために軽く作られているから、おそらく装甲はまったく脆弱である。
「ジパング」によれば至近距離の砲撃や雷撃に手も足も出ない。
またミサイルの飽和攻撃を受ければ成す術もない。
ラッセンに乗船する将兵は皆それを良く知っている。
それでも彼らは行かねばならぬのだ。
ご武運長久お祈りいたす。



ラッセン









藻岩山冠雪

藻岩2
No.102 2015.10.29





仕事で行った先で撮った藻岩山スキー場の様子である。
札幌市内にスキー場が結構たくさんある。
今ではまったく行かないが、昔京都に住んでいた頃夢中になり何度もツアーに出掛けたものだ。
八方尾根、栂池など主に信州のスキー場だった。
ゲレンデにスキーヤーが溢れていたが今はどうなんだろう。
北海道ではニセコなど海外から人が来る一部のスキー場を除きあまりぱっとしないようだ。
スキーヤーが減っているらしい。
そのかわりに増えているスノーボーダーも、スキー客減少を補えるほどではない。

若者がスポーツをしなくなっている。
テニスもそうだ。
錦織効果でテニスを始める人が増えたとの話を聞いた。
しかし実際は全然たいした事ない印象だ。
錦織自体終わったコンテンツかもしれない。
思った通り短い選手寿命だった可能性がある。

ともかくテニススクールに生徒が集まらない。
周りを見ても既存の中高年ばかり。
彼らは若い時からテニススクールに通い随分貢献した。
さすが皆さんお元気だ。
がしかし当然ながら、次第に歳を取り一人また一人と欠けていく。
みんないなくなった後のテニススクールってどうなっちゃうんだろう。

昨今では外のコートでもあまり若者を見かけない。
彼らは休日いったい何をしているのか気になる。
余計なお世話だとしても、たまには身体を動かした方がいいよ。
どうだい、一緒にやりませんか?









デコボコグリップ

グリップテープ3
No.103 2015.10.30





テニスラケットのグリップに昔は革を巻いていた。
汗で滑るのでオガクズでメンテしながらプレーする選手もいた。
イワン・レンドルなどは1ポイント毎にそれをコート上で行い、オガクズを撒き散らして嫌われた。
いつも短パンのポケットにオガクズを詰め込んでいた。
変な男だったが不思議な愛嬌もあった。
間抜けな愛嬌というか。
マッケンローあたりには軽く蔑ろにされていたな。
現在化学製品になったグリップは耐久性がないので、上からグリップテープを巻くのが一般的だ。



グリップテープ2



デコボコグリップと呼ばれるグリップテープだ。
インターネットで見つけた。
三個で約1000円だった。
町のラケットショップが壊滅状態になり、テニス用品を買うのが大変になった。
さすがに靴を通販で買えない。
テニススクールのフロントなんかで試着して買うことになる。
選択肢が非常に限られる。
ウエアーはもう買わない。
何年前だったか忘れたが、某コーチからスピーカーの返礼だと未使用のウエアーを大量に貰った。
それで一生分ある。
テニスのコーチは契約先のメーカーから色々な無料支給があるようだ。
貰っても気に入らない物もあるだろう。
今ならヤフオクなんかで処分するのかな。



グリップテープ1



デコボコグリップを巻くとこんな感じ。
このプリンスのラケットを5年ほど使用している。
「プリンスカップ」という大会があり、プリンスのラケット使用を義務付けているため、ある時別の某コーチからワイン2本との物々交換で入手したもの。
それ以来定着してしまった。
良いラケットだと思っている。
しかし現在既に廃版だ。
フレームに赤字で「DEMO」とある。
昔レコード会社からジャズ喫茶に送ってきた「試聴盤」みたいなものだろう。
試聴盤はセンターレーベルが真っ白で、ジャケットに「非売品」のシールが貼られていた。

ガットにはゴーセンのテック16を長年愛用してきた。
テンション低め。
夏期30ポンド、冬期25ポンドだ。
いつの間にかこうなっていた。
特に不都合はないが、当たり所が悪いとフォアハンドストロークが大オーバーする。
だから前にも言ったように、フォアハンドストロークは捨てている。

一時ナチュラルガットを使ったことがある。
高いけど独特のタッチにハマり止められなくなる。
しかしゴーセンのストリンガーと話す機会があり、
曰くナチュラルガットは切れるまで使えるというのは迷信で、
それならナイロンガットを三カ月毎に張り替える方がずっといいと。
それで戻した。
だが三カ月毎に張り替えるかというと、今では精々年二回になってしまった。









若年性老眼

iphone6.png
No.104 2015.10.31





妻が携帯をiPhone6に替えて2か月ほど経つだろうか。
様子を見ていると確かに便利そうだ。
Youtubeの信号をChromecastに飛ばす操作すらこれで出来てしまう。
文字入力など若干操作性の悪い点もあるが、総じて優秀な機械だと思う。

街に出ると皆これに夢中である。
片時も目を離さない。
スマホジャンキーという言葉があるかどうか知らないけどきっとあるな。
皆さんスマホに取り付かれたようにいじっている。
いったい何をしているのだろう。
そんなこと聞くわけにもいかないけれど、とても不思議だ。

スマホに夢中になりすぎて視覚障害を起こす若者が増えているらしい。
「スマホ老眼」だと。
20代、30代で老眼を発症するらしい。
眼科で「老眼ですね」と宣告された若者は何を思う。
そりゃ驚くだろう。
人生の有限を知る良い機会かもしれない。

老眼てホント不便だ。
私の場合遠視系の目で、若い頃とても視力が良かった。
しかし眼科の医者から40代で老眼になるだろうと、イヤなことを言われていたら本当になった。
遠近というヤツが性に合わないため、普段は手元がまったく見えない。
腕時計なんかただのアクセサリーというか、身だしなみとして一応着けているだけだ。
何の役にもたっていない。
そんな状態に20代からなるほど、スマホってヤツには魅力があるとみえる。

ワインジャンキーの私が言うのもなんだが、人は何かに依存しやすい。
酒・タバコ・ギャンブル・良くない薬やハーブもあるし、男と女もそう、コーヒーだとか活字だとか音楽、宗教ですらそうかもしれない。
大抵ほどほどのところで止めておけない。
身体を悪くしたり檻に入ったりして破滅する場合もある。
他人が何か言っても無駄。
聞く耳など付いていない。
親にもらった健康な目をわざわざ悪くするのも勝手だ。
好きなようにするといい。













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