編隊飛行

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No.219 2016.3.1





今日から三月。
陸自カレンダーはヘリの編隊飛行だ。
実戦でこのようなシーンはあり得ないだろう。
全機ホバリング中かもしれない。
見事な雁行陣である。



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一番手前が多用途ヘリUH1H。
ベル・クラフト社が50年代に開発した機体で、富士重工(スバル)がライセンス生産した。
兵員11人を乗せ巡航速度200キロ以上航続距離400キロ以上、汎用性も高いがいくらなんでも古い。
現在各国でかの有名なブラックホーク(UH60)への転換が進んでいる。



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続いて川崎重工が生産する国産偵察ヘリOH1(ニンジャ)である。
攻撃ヘリのようなタンデムスタイルは正面の投影面積を小さくする、つまり残存性を高めるためで、将来国産初の攻撃ヘリ(対戦車ヘリ)へと発展する可能性がある。
観測機能を高めるため自動ホバリング機能を有し、最高速度280キロと大変優秀な機体であるも、通常の観測ヘリなら数億のところ25億もの高額となった。
このため260機を保有する計画が34機となってしまった。



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富士重工がライセンス生産した対戦車ヘリ(攻撃ヘリ)AH1S(コブラ)である。
ベトナム戦争で活躍した機体であり、旧式化によりアメリカ本国では全機退役した。



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コブラの後継機として開発されたアパッチ(SH64D)は米軍再編計画に伴い生産打ち切りとなった。
このため富士重工のライセンス生産も頓挫し、64機保有の計画も13機を輸入しただけでストップした。
確かにプレデター等の無人攻撃機がある現在、すでに攻撃ヘリの時代は去ったのかもしれない。



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救難ヘリUH60Jは三菱重工がライセンス生産する。
シコルスキー社のブラックホークを原型とし、陸自は通常型ブラックホーク(UH60JA)を36機保有している。
カレンダーに写る機影、こちらの通常型ではないだろうか。



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しんがりは川崎重工がライセンス生産した大型輸送ヘリ、チヌーク(CH47J)だ。
東電福島原発事故の際、3号機へ決死の放水作戦に従事したのはチヌークである。
しかし開発から半世紀以上が過ぎ旧式化のため、米軍ではオスプレイ(同量の荷を搭載し二倍の速度で二倍の距離を飛行可能)への転換が進んでいる。
MV-22B(オスプレイの日本向けモンキーモデル?)5機の陸自初配備を2018年に予定。
既に昨年度一機108億で予算化済みである。









低周波障害

低周波障害
No.220 2016.3.2





ヒートポンプ給湯器や家庭用燃料電池など、屋外設置型の家庭用省エネ機器が低周波による健康被害で問題になっている。
それらが発するとされる低周波への苦情が20年前の5倍になっており、機器の普及と重なるためだ。
不眠や食欲低下の原因だとして訴訟にまで発展しているが、メーカー及び使用者双方簡単に因果関係を認める訳にもいかないだろう。

低周波とは100Hz以下の低音のことだ。
単独では殆ど音として聴こえてこない。
例えばバスドラの風圧の部分だ。
省エネ機器は結果的に不本意な低周波を発生させているかもしれないが、あろう事か我家にあっては、それを積極的にジャンジャン発生させる機器が屋内に二つも設置されている。
だからといって不眠症になったとの苦情は、今のところこの家の住人から聞こえてこない。
むしろおかげで良く眠れているのではないかと思えるほどだ。



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彼岸の王位戦

トランプ
No.221 2016.3.3





共和党の候補者がトランプ氏であれば、クリントン氏は本選で楽勝だろうと誰もが思っていた。
しかし大統領選挙も女子サッカー五輪予選も、やってみなければ分からないという点で双方にまったく違いはなかった。
マンネリに陥ったチームがまさかの本大会出場を逃した夏が過ぎ、今度はアメリカ合衆国の王を決める戦いで大きな番狂わせが起きていた。
しかしそれは実際のところ、番狂わせでも何でもなかったのだ。
大多数のアメリカ国民は、最早挽回不能な格差社会のマンネリに心底絶望していたのだった。
しかし同時に彼らは気付いてもいたのである。
一握りの大金持ちに対抗し得る、奴らと対等に与えられた権利があるのだとすれば、このクソッタレな選挙の一票しかない事を。
どちらがこの閉塞した社会を変えてくれるだろうか。
その質問に対する回答は明らかに思えた。
後日多くのワーキングクラスホワイトがそう語っている。
少なくともそんな風に見えたのは確かだった。
かくして当初起こり得ないと、特にエスタブリッシュメントが歯牙にもかけなかった人物がアメリカの王、つまりは世界の王となったのである・・・
といった事が起きないとは必ずしも言えない気がしてきた。







DD-152 大谷艦長

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No.222 2016.3.4





護衛艦「やまぎり」の第22代艦長に大谷三穂二佐が就任した。
護衛艦初の女性艦長だ。
ところで護衛艦とは何か。
海自の保有する艦艇のうち、国際法上「軍艦」に相当するものを自衛艦という。
軍艦とは旗国を代表し治外法権に準ずる特権を有する艦だ。
自衛艦は警備艦と補助艦に分けられ、警備艦のうち大型海上戦闘艦を護衛艦というのである。
国際的には駆逐艦に相当する。
従って潜水艦は護衛艦ではない。
余談だが現在海自の潜水艦に女性自衛官は配属されていない。
居住空間が狭くプライバシーや専用トイレの確保が難しいからだろう。
しかし潜水艦は比較的小柄であり我慢強いとされる女性に向いた職場ではないだろうか。
万一体力的に男性に届かないとしても、別に白兵戦をする訳でもなし特に問題にならないだろう。
プライバシー確保が問題なら、いっそのこと女性のみ配属の潜水艦を編制したらどうか。
某国の軍楽隊みたいな感じで。
軍事オタクにウケがいいかもしれない。
納税者向けPRとしても意味がある。

大谷二佐は女性初の護衛艦艦長だ。
ここで注意を要するのは、海自初の女性艦長という訳ではない点である。
自衛艦の女性艦長は他にもおられるし、事実大谷二佐も過去に練習艦の艦長をやっておられた。
しかし護衛艦の艦長というのは相当に大きな意味がある。
海自の護衛艦は国際的に見ても大変能力が高い。
つまり非常に強力な兵器である。
その艦長に女性が就任するというのは、やはりそれなりに感慨深いものがある。
日本もそういう時代になったという事だ。
大谷艦長は就任の挨拶で「気負わず任務を全うする」と語っておられる。
そこが大事だと私も思う。
新しく就任した艦長がたまたま女性だった、そういう事でなければならない。







出来ないこともないが

楽天リサーチ
No.223 2016.3.5





日本の夫は世界一家事をしないのだとか。
それも高齢になるほどしないらしい。
楽天リサーチの調査では、20代の夫の場合積極的に家事を行うとの回答が32%であるのに対し、50代以上では12%に減っている。
逆に家事をまったくしないとの回答は、20代では7%だが50代以上になると20%にもなる。
私はどうだろう。
上の表にある「普段行っている家事」の項目を眺めてみる。
何一つしないと言っていいだろう。
昔は料理などよくしていた。
料理だけではない。
一人暮らしもしていたから、当然ひと通りの事は出来た。
だから今でも出来る筈だ。
でもしない。
これはまずいかもしれない。
いや、相当まずいに違いない。

だが一方で家事ハラというのがあり、妻が夫の家事にダメ出しするのだという。
「お皿洗ってくれたのね。でも一応もう一度洗っておくわ」
「料理するの?隠し味とかいらないからね」
「あなたが洗濯物たたむと変な跡がつくのよ」
等々監視の目を光らせ、一々不満を口にするのだとか。
挙句の果てに「頼んだ私のミスね」と手厳しいらしい。
つまり夫の家事を評価しない妻もいるという事だ。
その気持ち何となく分かる気がする。
私はどうしたものだろう。
そもそも家事参加を妻は望んでいるだろうか。






ボノム・リシャール

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No.224 2016.3.6





アメリカ海軍の強襲揚陸艦ボノム・リシャールが韓国釜山に入港した。
沖縄の海兵隊を乗せ、米韓海兵隊共同訓練の上陸演習を支援するためである。
米軍は北のミサイル実験等に圧力をかけるべく、既に最新鋭戦闘機F-22を韓国に展開している。
これに対し金正恩第一書記は核兵器発射準備を指示し、先制攻撃態勢に転換するとしている。

強襲揚陸艦とは全通飛行甲板を有し、ヘリやエアクッション艇により敵前上陸作戦を敢行するマッチョな戦闘艦である。
世界初の強襲揚陸艦は帝国陸軍の神州丸であり、太平洋戦争当時にはあかつき丸へと引き継がれていた。
ボノム・リシャールはあかつき丸の現代版という事になるだろう。



AkitsuMaru.jpg あかつき丸




少しばかり奇異なフランス語の艦名(善良なリチャードの意)であるが、実はアメリカ海軍において三代目に当たる。
初代ボノム・リシャールは、18世紀にフランス国王ルイ16世から贈られた帆船だったのだ。
フランス革命が起きる14年前の事である。
アメリカ海軍は以来それを艦名として残し続けた。
二代目は太平洋戦争にも参加したエセックス級空母14番艦(CV-31)であり、現在の三代目がワスプ級強襲揚陸艦の6番艦(LHD-6)となっている。
ご覧のようにオスプレイの運用が可能だ。
海自の「いずも(DDH-183)」にも当然そのような構想があるだろう。
将来的にF-35Bの運用も考えている筈だ。



izumo.jpg護衛艦いずも




尚、来年就役するいずも型2番艦(DDH-184)の艦名は「かが」である。
その全長248mは帝国海軍正規空母「加賀」に匹敵し、ミッドウェー海戦において「まだ負けと決まったわけではない。これより可動全機(残存するは攻撃機18、ゼロ戦6に過ぎなかった)を以って敵機動部隊を攻撃する。飛龍一艦、敵空母に全艦隊の仇を報じ得たるいはれなきにあらず」と、空母ヨークタウン(CV-5)を見事撃破した山口多聞提督座上の空母飛龍を全長・排水量ともに上回る。
武運長久なれ。





hiryuu.jpg空母飛龍



全力でヨークタウンを撃破した飛龍上空には、最早直掩機すら残っていなかった。
やがて敵の攻撃隊が殺到する。
ドーントレス急降下爆撃機24機の集中攻撃を受け1000ポンド爆弾4発を被弾、飛龍は炎上した。
ここに連合艦隊はミッドウェー海戦に参加した四隻の正規空母、赤城・加賀・蒼龍・飛龍のすべてを失った。
飛龍艦長加来止男大佐は総員退艦命令を下し、自らは山口多聞少将とともに艦に残った。



kaga.jpg護衛艦かが













COLTRANE

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No.225 2016.3.7





ジョン・コルトレーンの山に入っている。
結構な数あるので驚いている。
何故ならそれほど好きかときかれたら、返答に困るからだ。
今朝の5時である。
この時間にバンガードライブ(1961年)を聴くのは少し辛い。

コルトレーンで一番好きなのは、ブルーノート1500番台(1577)にたった一枚残した「ブルートレイン(57年)」だ。
針を置き最初のフレーズが鳴った瞬間、強烈にジャズを感じる。
コーヒーの香りすら漂ってくる。
無論錯覚であり刷り込まれたジャズ喫茶のイメージなんだろう。
実際のところジャズ喫茶のコーヒーは大抵不味かったのだが。

プレステッジなら「ソウルトレーンorスタンダード・コルトレーン(58年)」。
スタンダード・コルトレーンには何しろインビテーションが入っている。
アトランティックなら「バグス&トレーン(59年)orジャイアントステップス(60年)」だ。
特にバグス&トレーンは、高校一年の時私が初めて手にしたジャズのレコードである。
しかしインパルス時代になるともういけない。
「バラード(63年)」もそんなに好きではなく「至上の愛(65年)」に苦笑いする。

私は堪能と苦痛のはざまに溺れている。
結局コルトレーンは不器用な人だったんだろう。
それは技術的にもそうなのではないか。
きっと本人が一番分かっていて、だからあんなに吹きに吹いた。
吹かないと不安だったからだ。
ビレッジバンガードで一緒に吹いたエリック・ドルフィーとの比較でそう感じる。

この画像はブルートレインのジャケットになったものだ。
コルトレーンが咥えているのはリードだとずっと思っていた。
しかしどうやらキャンディーであるらしい。
その話を聞いたのは割と最近のことだ。
人は勝手に思い込むものである。
彼に対するその他の思い込みも、いつか変わっていくのだろう。

コルトレーンは67年、肝臓がんのため40歳で亡くなった。
来年は没後50年となるから、おそらく各地のジャズ喫茶で追悼大会になる筈だ。
そろそろ全国ジャズ喫茶行脚など敢行する時かもしれない。









薩長同盟

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No.226 2016.3.8





文藝春秋に連載中の小説「大獄」(葉室 麟 著)が面白い。
西郷隆盛・大久保利通らが薩摩藩で次第に頭角を現していく若き日々(今のところ)を描いた歴史ものだ。
薩摩という土地を訪ねた事もないが、独特の風土や言葉を含め非常に魅力的に思える。
薩摩なかりせば20世紀以降の日本はまったく違う国になっていただろう。
特に明治維新に果たした役割大きく、その流れから近代日本の国柄を決定するほどの影響力を持った。
しかし、ここ札幌から見るとあまりに遠く、辺境の異国に感じられることも事実だ。
薩摩の人たちも、こちらについてきっとそう思っているに違いない。

慶応2年の今日(3月7日)、坂本龍馬の斡旋で日本の未来を変えたとも言える薩長同盟が成った。
ここから歴史の流れは急激に速度を速め、明治維新へと突き進んだ。
その後陸の長州海の薩摩と言われ、長州閥は陸軍、薩摩閥は海軍に大きな影響力を持ったのである。
長州閥は現在も残る。
麻生太郎・安倍晋三氏らは基本的に長州人だ。
財界ではユニクロの柳井正氏、ゼンリン創業者の原田康氏がそうだ。
一方の薩摩閥は大正以後急速に力を失った。
と言うよりも自ら退いたかのように見える。
「いつでも死ぬる覚悟を定めて日々を生きるは辛かことじゃと思いもす。感慨して身を殺すは易く、従容として義に就くは難しと言いもんで。おいには分かりもはん」
質実剛健、一本気で飽きやすいとも聞く。
薩摩モンロー主義とも謂われる。
明治維新で満足し興味を失ったのかもしれない。
どこか不思議な人たちだ。










百貨店の黄昏

旭川西武
No.227 2016.3.9





旭川西武デパートが閉店する。
元々2009年に撤退を表明していた。
この時はライバル丸井今井の破綻で採算の目途がついたと反故にした。
今度はダメだろう。
旭川西武は現在日本最北のデパートだ。
これで札幌以北にデパートがなくなる事になる。
無理もないのである。
札幌にも今のところいくつかデパートはあるが、平日なんかガラガラで客より店員の方が多いくらいだ。
顧客の多くが高齢者で若者は行かない。
行くとすれば現物を確認したり試着したりが目的で、納得したら彼らはネットで買うのだ。
最早ビジネスモデルとして成立しなくなっている。

本来なら百貨店と言う以上、品揃えが最大のセールスポイントでなければならない。
例えば急に白のYシャツが欲しいとする。
昔はデパートのシャツ売り場へ行けば、私のサイズの上質な白いシャツが一カ所にずらりと揃えてあった。
今でもあるがほんの僅か。
あとは各テナントを探して歩く破目になる。
しかし欲しいものなどなかなか見つからない。
テナントで扱うシャツはサイズがMやLなど大雑把なものが多い。
それにデザインが遊び過ぎで使えないものばかりだ。
Yシャツを買う時に試着する男なんてそうはいないだろう。
あの売り場へ行けば自分にぴったりのシャツがいつも置いてある、少し高いが上等で試着なんて必要ないと、そんな風でなければデパートの存在価値がなくなってしまう。
そして実際そんな風ではないのだ。
百貨店とは名ばかりで店子テナントの集合体に過ぎず、どこに何があるのかバイトばかりの店員は誰も把握いていない。

ある時お世話頂いたお礼に、先様がお好きなシャンパンを箱で(つまり12本)お届けした事があった。
こういう時こそデパートの出番なのだ。
金額はネットの倍、でもそれはこの際問題じゃない。
こちらの感謝をお伝えしたいのだから。
ところが実際に配達したのはS急便であったのだ。
それはないでしょう。
昔なら自前の配達部隊が依頼主に代わり、最大限の心を込めてお届けした筈だ。
こちらが求めているのはそういった演出なのである。
そうでなければこれを、超割高なデパートに発注する意味がどこにあると言うのか。

逆にバーゲンセールもあまり好きじゃないな。
どうしても今買いたい場合を別にして、いずれプライスダウンするであろう商品を定価で買う客は少数派である。
従って売り場における一つの商品の、総売り上げの多くをバーゲンセールが占めていると考えられる。
そして片やネットでは常にそのバーゲン価格で売られていたりもする訳だ。
では同じ商品をデパートで定価にて買った客は何なのだ。
ボラれただけではないか。
定価で売った同じ商品を、翌日には半額で売るという裏切り行為は、高級感と一切無縁の遥か彼方にある。
おそらく吉林省あたりまで遠いのではないだろうか。
この催し全体が極めて下品だと思う。
だから真っ当な客はそういう所に行かなくなった。
客をバカにした商売に未来はない。
何故なら客はバカではないからだ。
バーゲンセールが苦し紛れの反則だったにしろ、確実に自分の首をも絞めたのは間違いない。
そんな事をしなければならなかった時既に、素敵な百貨店の時代は終わっていた。











ズートとコート

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No.228 2016.3.10





ズート・シムズの山に入った。
その風貌、訥々とした語り口が好きだ。
根っからの呑兵衛で、酒さえあればいつも上機嫌だったそうだ。
いいねえ、益々いいねえ。
ズートの場合超有名盤というのはないが、代表作としてブルーノートに残した唯一のセッション「JUTTA HIPP WITH ZOOT SIMS(1530)」を挙げたい。
とりわけ「コートにすみれを」がいい。
薄幸の佳人ユタ・ヒップを支える俠気が泣かせる。
テナーマンたるもの、こうでなければ。

因みに私「コートにすみれを」のコートをテニスコートだと思っていた。
昔ある時、シングルス決勝戦直後のコートに、花屋から花束が届いた事がある。
タキシード姿の男から恭しく渡され呆気にとられた。
メッセージが添えられていた。
テニスコートのすみれは、その時の事が脳裏に刷り込まれているせいだ。
その人はなぜ予め私が勝つと分かったのか、今も謎だ。
ちょっと自慢入ったな。
昔話だ、お赦し頂きたい。
原題は「Violets For Yor Furs(あなたの毛皮コートにすみれを)」である。









5年経って

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No.229 2016.3.11





今尚仮設住宅での暮らしを余儀なくされる人、荒れ果てた我家、故郷に帰れない子供たち、気の毒な被災者の現状が集中的に報じられる。
それも今日で終わるのだろう。
どうしたらいい。
これをずっと続けるのか?
だいたい除染なんて本当に出来るのか?
剥がした表土を別の場所に野積みしているだけで、処理する術がないように見えるが。

故郷を失う。
確かに気の毒だ。
大変なことだと思う。
しかしどうだろう、、相対的によりマシなのは何かを考えるべき時期ではないだろうか。
よりハッピーに暮らす方法がないか。
日本人は南北アメリカ大陸にまで移民した。
江戸時代には国替えがしょっちゅうあった。
私の父方の先祖は加賀、母方は讃岐の出だ。
それぞれに訳あって、明治になり蝦夷地にやって来た。
皆故郷を失い、そして新たな故郷を得た。
やってやれない事ではない。
もちろん国の手当てが必要なのは言うまでもない。

この状況を作った原発をどうする。
再稼働出来るならすればいいと思う。
ただしソフト含めあらゆる意味で、想定し得るどのような自然災害にも耐えるという条件付きだ。
更に想定し得るあらゆる人為的な悪意、及びミスを寄せ付けない防御・管理態勢も不可欠である。
それらのコスト負担に耐えられないなら、その時はきっぱり原発を諦めてもらうしかない。
核攻撃を排除する備えも当然必要だ。
ただし不幸にして多弾頭の水爆が着弾した場合、あるいは一定規模の天体が衝突した場合、これにまで耐える強度はいらないだろう。
くも膜下出血で即死した時に、歯並びが完璧でもあまり意味がないのと同じで、これはもうすべてがおしまいなんだから。
しかしながら、それ以外は妥協致しかねます。









行きつけの店

行きつけの店
No.230 2016.3.12





新しくしかも巨大な鉱脈を見つけた。
山口瞳さん。
恥ずかしながら今まで読んでいなかった。
いや実際には週刊新潮に30年に渡り連載されたエッセイ「男性自身」があり、当然私も読んでいる筈だ。
「江分利満氏の優雅な生活」で直木賞を受賞され、「居酒屋兆治」は高倉健さんの主演で映画にもなっている。
「居酒屋兆治」は「行きつけの店」に登場する国立の「文蔵」がモデルだが、実際は函館が舞台になった。
山口さんは北海道に度々来られたようで、函館の「料亭 冨茂登」や小樽の「海陽亭」を本書で取り上げてもいる。
取り上げると言っても、取材に行き初めての店を紹介するのとは違い、タイトルでお分かりのように通い詰めどれも家族同然の仲となったお店ばかりだ。
ここが凄いところだ。
山口さんは気に入った店を見つけると、とにかくそこばかり通う。
何十年も。

一つの街に贔屓の宿、寿司屋、喫茶店、料亭、蕎麦屋それに酒場が一つあればそれでいいというのが氏だった。
だから店と昵懇になる。
山口さんが久しぶりに行くと涙ぐむ主までいた。
いや、これは回数ではないな。
私などが何べん通ったところで、精々顔見知りが関の山だ。
人物であろう。
小樽「海陽亭」の現当主宮松さんはテニスプレーヤーで、一時同じサークルに所属した事もある。
しかし彼は私のことを認識しておられない。

本書は氏の晩年の作品である。
全国を食べ歩き飲み歩き泊まり歩いた山口さん。
各地に知己を得、本書の最後にこうしたためた。
「いま私の心に残るものは、以外にも”時の移ろい”である」
お付き合いのあった方たちが、数多く亡くなってしまったからだ。
邂逅があり交流があり別れがあった。
そんな山口さんも20年前に亡くなっている。
享年68歳、酒呑みは長生きしない。
だがそれがどうした。
飲みたい酒も飲まずに、5年や10年余計に生きたところで何になる。
氏ならきっとそう言われるだろう。
山口さん、まことに出過ぎた言い方だが、愉快ないい人生ではなかったかと想像する。










二週間後だが

北海道新幹線
No.231 2016.3.13





北海道新幹線の開業まであと二週間となった。
開業当日(3月26日)の新函館北斗発一番列車の切符が、発売25秒で売り切れたと聞いて喜んでいた。
ところがその後9日間について、予約状況がたったの25%だというのだ。
壊滅的だこれは。ガラガラである。
一番列車の切符を争って買ったテッチャンも、毎日は乗らないからな。

関空-京都間の移動によく利用する特急「はるか」は低乗車率で名高い。
確かに空いている。
指定席もグリーン車もあるが自由席に座れなかった事など一度もなく、グリーン車に座っている客を見たことがない。
それでも乗車率は40%近いのである。
北海道新幹線の25%がいかにひどいか想像がつくというものだ。
それも開業直後ですよ。
しかしもっと驚いた事に、そもそもJR側の予測が大体それくらいだったというのだ。
札幌延伸までの間乗車率はそんなもんだ、分かってましたという事か。
だけど新幹線が札幌まで来るのは十数年後じゃないか。
いいのかそれで。

JR北海道では開業後3年間の収支(新幹線単体)を、年間収入約100億に対し支出160億と予想している。
普通その後改善されるとは考え難い。
それでは札幌まで来た時点の乗車率と収支を、JR北海道はどれくらいに予測しているのだろう。
それが知りたい。

JR北海道は鉄道事業で毎年400億前後の赤字を出している。
これを経営安定基金(残高約8000億 無論税金)の運用でなんとか穴埋めし、不動産等関連事業の黒字と合わせ40億前後の黒字決算としている。
これに新幹線による数十億の赤字を加えたらどうなるか。
JR北海道に起きた一連の不祥事は、財務体質の脆弱性が最大の原因と考えられる。
つまり本業ちっとも儲からなくてグレている訳だ。
親に面倒見てもらって、なんとか黒字になっていてもその状態だった。
それが赤字になり、十数年続いたら一体どうなる。
空恐ろしい気がする。









ゲッツ! 👉👉

Getz.jpg
No.232 2016.3.14





ホワイトデーなんだとか。
これくらい関係ない日もまたとない。
私はひとり粛々と、白人テナー屈指の男前、スタン・ゲッツの山に入っている。
この方有名な「スタンゲッツ・プレイズ」のジャケット写真における印象と実像が激しく異なるらしく、関係者の多くがその性格の悪さを指摘している。
とりわけ大の日本嫌いだったこともあり、日本公演でのひどい手抜きが伝説となって残った。

そうした背景からか、ゲッツは日本でそれほど人気がなかった。
本国のジャズ誌「ダウンビート」の年間人気投票で合計17回も一位になっていながら、日本の「スウィングジャーナル」では二位になった事すらない。
良いに越したことはないにしろ、ジャズは別に性格で聴くものでもなかろう。
どうも性格の悪いヤツという風評だけが独り歩きしている感じだ。
クリフォード・ブラウンの対極に置かれているのがスタン・ゲッツである。

だからと言って生ゲッツに接したことのない私は特に悪感情を持たないし、むしろその趣味の良いスタイルを好み、悪いけどコルトレーンなどより上位に来る。
評価の別れるボサノバ路線すら、今となっては愛おしく思えるほどだ。
しかしどれか一曲と言われたら、だいぶ迷って「キャプテン・マーベル」のラ・フィエスタを選ぶだろう。
直後に吹き込まれたリターン・トゥ・フォーエバーのバージョンより断然こちらがいい。

ゲッツは1991年、肝臓ガンのため64歳で亡くなった。
コルトレーンもそうだったし、エバンスやパーカーも肝臓が悪かった。
ヤクは肝臓に悪いのかもしれない。







びっくり仰天

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No.233 2016.3.15





おそらく四半世紀ぶりの事であろう。
バチッと音がしてガットが切れたのだ。
あまりにも久しぶり過ぎて、はじめ何が起きたか分からなかった。
むしろどこかヤバい所が切れたんじゃないかと一瞬ヒヤッとした。

前回がいつだったか覚えていない。
では四半世紀の根拠はなにか。
こういう事だ。
現在私のラケットのテンションは25ポンドである。
とてもユルい。
異常にユルいかもしれない。
ユルユルのラケットでタッチに頼ったテニスというのが私のスタイルとなった。
だからガットが切れる心配がない。
切れるほどハードヒットしないからだ。

しかしけして初めからそうだった訳ではない。
私とて普通に55~65ポンドくらいのテンションでガットを張り、バンバンとハードヒットしていた頃もあったのだ。
それが段々緩くなっていった。
手首や肘、肩なんかを故障して、それまでのスタイルでは出来なくなっていったからだ。
そして今から25年くらい前のあの頃、私のテニスは完全に今のスタイルに移行していた。
ガットのテンションが冬25ポンド、夏期30ポンドくらいまで落ちていた。
それから多分ガットを切ったことがないと思う。

今日は特別な日だ。
コーチのびっくり仰天に煽られて、アホのようにハードヒットした。
私にもまだガットを切る力が残されていた。
こっちがびっくり仰天だ。








民進党

民進党
No.234 2016.3.16





政権担当能力のある政党がたった一つでは困る。
せめて選択肢が二つ必要だ。
そうでないと選挙に出掛ける気にもならない。
しかし政権というものは交代すれば良いというものではなかった。
確かにいい勉強になった。

あの時は先ず政権交代ありきで、とにかく交代する事が目的だった。
それで何か新しい時代が拓けるような気がした。
そして実際に政権交代が起き、ああこれで日本にも本格的な二大政党時代が来たと誰もが思った。
特に中道左派の連中は、やっとまともな受け皿が出来たと喜んだはずである。
そんな期待をあっさり裏切った彼らの罪はつくづく重い。
今回台湾の民進党関係者が「我が党のイメージを損なう」と言ったそうだ。
それが本当なら最早国辱ではないか。

日本の民進党が政権交代可能な勢力まで育つだろうか。
それには少なくとも二代くらいの世代交代が必要であろう。
軽く20年はかかるという事だ。
それくらい経てば、もしかしたら水に流してくれるかもしれない。
現役にまともな人も多数おられるが、間が悪かったと諦めて頂こう。

独裁は必ず腐る。
だから代替可能なもう一つの勢力が絶対必要だ。
それは万人の認めるところだと思う。
いつか必ず政権交代が再び起きる筈だ。
ただ、それを成すのがこの党とはまったく限らない。
名前を変えれば忘れてもらえるのではないか、そう考えているとしたら呆れるしかない。
特に右の男は一体何をやっておるのか。








印紙税

印紙
No.235 2016.3.17





多くの人にとって、印紙を扱う機会などあまりないと思う。
あっても領収書に貼付するくらいだろうか。
現在5万円以下は必要ないので、小売店などでもそうはないかもしれない。
印紙は印紙税という税金だ。
貼って消印を押し再利用出来なくする事で納税する。
従ってボールペンでバツ印を書いても良いがあまり見ない。

契約書にも貼る。
つまりこの国では契約行為にも課税される。
1000万のマンションを買えば1万円の印紙を貼らねばならない。
これを怠るとどうなるか。
契約自体には何の影響もない。
しかし税務調査で見つかれば追徴金を取られる。
時には貼り忘れる事だってあるんだけど、鬼の首でも取ったように指摘される。
本来貼る筈だった金額の3倍だったか6倍だったか忘れたが厳罰と言っていいだろう。

不動産関係の税金はこれだけではない。
登記に課税する登録免許税。
そうだ消費税もあったな。
もちろん最終的には譲渡所得(法人)税、これらは国税だ。
自治体も黙っていない。
オレにもよこせと不動産取得税。
翌年まで持っていれば固都税。
なにかいけない事でもしましたか?
ヤクザといえどもこれ程はたかるまいに。
しかもみかじめ料と違い抵抗は無意味だ。

法務局という役所に行かれたことがあるだろうか。
不動産の登記事項証明書(登記簿謄本)や法人の印鑑証明などを発行する所だ。
たいていの法務局には片隅に印紙を売る窓口があり、おばちゃんが座っている。
公務員ではないと思う。
利権の一種だろうな、とても繁盛しているようだ。
なぜそんな売り場があるかと言えば、ここでは申請書に一々印紙を貼って料金を払うからだ。
一体何の理由で?
煩わしいことこの上ない。
直接現金で納付する事にどんな問題があるというのか。
ばかばかしく、いつも腹が立つ。
せめてこれだけでも何とかしてくれ。
金は出すから。








春だったね

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No.236 2016.3.18





私の住まいはちょっとした小高い場所にあり、そのため平地に比べて雪も多い。
それでもこの冬はやはり暖冬だったようで、例年に比べると降雪量も少な目に推移した。
そこへこの一週間ほどの暖気が来て、一気に雪解けが進んでいる。
日中の気温がプラス10度を超え始めた。
おそらく今年は春が早いだろう。
来週あたりからそろそろ、屋外テニスコートの雪割りも始まる筈だ。

少しばかり春めいてきたとはいえ、それに多少雪が少なかったとはいえ、今年の冬も半年間うんざりと長かったことに変わりはない。
いつもの冬期鬱状態に陥らずに済んだのは、やる事が明確にあったからだ。
それも先が見えて来たので、少しのんびりやろうと思う。
ちょっと手を置いて、自転車を引っ張り出すなどし、春の準備を始めてもいい頃だ。
除雪機だってもう仕舞っていいよな。
ロードヒーティングの電源も落とそう。
よしよし、なんだか楽しくなってきた。
いくつになっても春はいいな。






トンネル事故

八本松
No.237 2016.3.19





山陽自動車道の八本松トンネルのような事故が、他の場所で何時起きてもおかしくない。
日本は山岳地が多く従って膨大な数のトンネルがあり、今も増え続けている。
これは仕方のないことだ。
普通の人はトンネルの危険性を認識しており、より一層注意深くなるがそうでない人もいるのが困る。
対面通行の狭いトンネル内で監視不能をいい事に、猛然と追い越していくドライバーは特別珍しくない。
また、時には天井が崩落し、下敷きになる事もある。
トンネル通過は運試しのようなものだ。
出来れば通りたくないが、我々はこれからもトンネルに潜む危険を受入れつつ利用するしかない。
これが現実だ。

ただ、八本松トンネルのケースは、衝突回避機能があれば防げたと思われる。
これは私の車にも付いていない。
人間は走行する自動車の支配的なコントローラーでありながら、常に不安定かつ不完全な欠陥パーツである。
衝突回避装置がトンネル事故に限らず、多くの悲劇をなくすだろう。
自動車メーカーへの早急な装着義務化が待たれる。
これこそ政治の出番だ。
誰だって加害者にも被害者にもなりたくない。





鮨なか

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No.238 2016.3.20





娘のリクエストで半年ぶりに行った鮨なか。
前回訳あって送迎のみだった妻も、念願叶い行くことができて良かった。
ここは品書きというものがなく出されたものを頂くのだが、最初に苦手なものをきかれホヤとシャコを思いついてお伝えしたが、うっかり忘れた数の子がツマミに供され失敗だった。
感想を求められ今更嫌いだとも言えず、食感がいいなどとおべんちゃらを言うのが私という人間だ。
妻の分まで食う羽目になってしまった。
次は忘れず言おうと思った。
三人で白ワインを二本空け、上機嫌で帰宅。
その後どうやら二次会に突入したらしく、朝起きたらテーブルにグラスが並んでいた。
しかしその件は覚えておらず、飲んだ量も定かではない。
喉が渇き起きたら、娘が居間の床で寝ていた。
私は少し二日酔い気味で、テニスをお休みにした。

二人は雨の中買い物に出掛け、私は家でのんびりしている。
午後から娘の新居の賃貸借契約に同行する予定だ。
私が連帯保証人となり、印鑑証明と住民票の提出を求められている。
仕方ないなと先日区役所へ出向いたが、年度末で何かと所用あるらしく50人待ちと大変時間がかかった。
印鑑証明書を郵送にて申請できないので、行くしかないのである。
厄介な制度だ。








ソニーロリンズ

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No.239 2016.3.21





春分の日の振替休日、ソニー・ロリンズの山に入っている。
昔のジャズメンはどうもシリアスなイメージばかり先行して、少し実態とかけ離れた伝説と化している人が多い。
ソニー・ロリンズの伝説は「橋」だ。
60年代に入り方向性を見失ったロリンズは消息を絶ち、ハドソン川に掛かる橋の上で練習するストイックな姿を再三目撃されている。
確かに63年のホーキンスとのセッションなど聴けば、あまりにもエキセントリックで一体どうしちゃったんだろうと思わないでもない。
画像はコンテンポラリーに吹き込んだ能天気な一枚で、クラクストンにそそのかされこのような出で立ちとなった。
おそらくこちらがロリンズの本質ではないかと思う。
近年何度か来日公演を行い、その都度「最期の来日」と笑わせたが、ご高齢でもありさすがに最近は話がない。
思えば私の母親と同年輩なのである。
その母と年末に京都旅行の計画を立てている。
母久しぶりの遠出となり、大丈夫かなあと少し心配だ。







訃報 SLOWBOAT TO HEAVEN

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No.240 2016.3.22





ジャズピアニスト福居良さんが亡くなった。
まだ67歳だった。
悪性リンパ腫だそうだ。
記憶に嫌な棘を残す病名だ。
亡くなった妻、そして彼女の父親が悪性リンパ腫だった。
近年例外的に抗がん剤が効くようになったと何かで読んだが、やっぱりだめなのか。

福居さんは北海道随一のビッグネームだった。
札幌で「SLOWBOAT」というライブハウスをやっておられた。
至近距離で端正なピアノソロを聴かせて頂いた。
お店は奥様が継続されるようだ。
手元の「SCENERY」をかけ追悼させて頂く。
どんな才能にだって寿命がある。
その厳粛な事実が胸をうつ。
哀しくまた凛々しい。
巨星墜ち一つの時代が終わった。






自炊になるかも

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No.241 2016.3.23





年末の京都旅行に向け娘の気合が入っている。
なんでも自炊可能な宿があり、錦市場にて食材を揃えはんなりと湯豆腐など食したいとの事だ。
少し面倒に感じたが、そこは娘の提案であるから叶えてやりたいと思っている。
問題があるとすれば旅行代理店でそういったものを扱えるかという点だ。
自力で四人分の航空券から宿から全部手配するのは大変である。
お願いする担当者は既に決まっており、色々親切にしてくれるので出来れば今回もお任せしたいところだが。

それにしても錦市場の繁盛ぶりというか観光地化は凄い。
京都で生活していた40年ほど前、錦市場はありふれた商店街に過ぎなかったのだ。
それが今ではいつも観光客で溢れかえっており、通行も儘ならないほどだ。
京都全体に言えることだが、あまりにも観光客が多すぎる。
それを私が言うかという話だが、本当に異常だと思う。
シニカルな京都人のことだから、陰で様々言っていることだろう。

過熱しすぎの京都人気だが、唯一年末年始の時期は観光客が少なく、素顔の京都を堪能できると何かで読んだ。
確かに冬の京都は寒いばかりでろくな事がなかった。
わざわざ北海道から何しに来はったの?と言われかねない。
でも私は昔を思い出してきっと懐かしく思うことだろう。
母は何と言うかな。

そういえば震災直後に京都へ行ったのを思い出した。
あの時は洛中見事ガラガラだったのである。
特に外国人観光客の姿がなかった。
宿の人がようおこしやしたなあと手を握らんばかりだったが、あれはほんと一時のことだった。









海警2901

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No.242 2016.3.24





中国海警2901が東シナ海に配備された。
海警というのは所謂沿岸警備隊であり、日本の海保に当たる海上の法執行機関である。
しかし海警という組織は諸外国と異なり、交通安全業務や海難救助は任務外、形態も軍に近いとされる。
海警2901はそれまで世界最大だった海保のしきしま型(6500トン)の倍近い12000トンという巨艦で、もちろん現在世界最大の巡視船ということになるだろう。
なんと海自が誇る世界最大のイージス艦「あたご型」よりもでかいのである。
しかしそれだけではないのだ。
特筆すべきはその兵装である。
船首に76ミリの艦砲が搭載されているという。
海保の巡視船においても、40ミリ機関砲や13ミリ多銃身機関銃などを装備している。
これはロケットランチャーまで備えていた不審船事案に対応するためだった。
しかし76ミリ速射砲というのは通常駆逐艦の兵装だ。
沿岸警備隊の装備としてあまりにも過剰であると言わざるを得ない。
2901は更に37ミリ連装機関砲二門を備え、ヘリコプターを2機搭載する。
この艦ははっきり言って、巡視船の範疇を逸脱した軍艦に準ずる存在だ。
さらに海警局では「他の艦船との衝突抗堪力が高い」と豪語している。
つまり「ぶつかればそちらが沈みますよ」と言っている訳だ。
これからこの怪物巡視船が尖閣海域に出張って来るだろう。
2020年には二番艦(3901)が就役する。
残念だが海保の巡視船で対抗するのは困難だ。



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巡視船しきしま







雪の決済

sapporo雪
No.243 2016.3.25




朝雪が積もっていた。
二日連続だ。
がっかりする。
3月下旬の積雪なんてよくあること。
それでもがっかりだ。
気温が高いので夕方までには融けるのがわかっていても。

朝一の仕事が大通地区の銀行で行う決済だった。
開始9時、つまり開店と同時。
雪で道が混んでいれば倍以上の時間がかかる時もある。
早く出掛けるしかないのである。
多分早すぎると思いながら。
はたして道は案外空いており、通常通りの所要時間で現地到着となった。

9時のセッティングで困るのは早く着いても座る場所がない点だ。
店舗がまだ開いていない以上、そういうことになる。
シャッターの前で関係者一同手持無沙汰に立っている。
しなくてもいい類の、どうでもいいような話で繋ぎながら。

決済9時開始は出来るだけ避けているが、今回は先方の都合で仕方なかった。
とは言うものの朝から頑張ってぐったりだ。
前日のテニス疲れも残っているようだった。







戦没者遺骨収集法

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No.244 2016.3.26





連日雪の朝を迎えている。
3月26日、およそ70年前の今日、硫黄島で栗林忠道中将麾下の守備隊が全滅した。
この地をはじめ太平洋戦争の戦場となった各地に、旧日本軍将兵の遺骨が埋もれているという。
先般、100万を超えるとされる戦没者の遺骨を収集する法律が成立した。
遺骨の収集は国の責務とされる。
言っていることは正しいのだろう。
だが私には拭いきれない違和感がある。
絶望的な戦況下に戦死した将兵の無念が、遺骨収集なんかで晴れる筈がないからだ。
国は遺族の可能性のある人たちへ、DNAの提出を呼び掛けている。
収集可能な遺骨が最大60万柱とされ、未帰還者の関係者から提出されるDNAが100万としたら、その照合作業に要する費用だけでも莫大なものになるだろう。
だがそんな事で今更遺骨は喜ばない。
彼らの戦死の多くは強いられたものだ。
目前に迫る確実な死。
生還の望みすらなかった。
せめて楽に死ねればいいがそれも分からない・・・・あまりにもむごい死ではないか。
それを強いた国に償いなど不可能だ。






物忘れ

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No.245 2016.3.27





夕方4時過ぎに携帯が鳴った。
「・・・さん、四時のお約束でしたよね」
「え~!明日ではなかったですか?」
仕事の約束である。
多分相手方が正しかろう。
最近色々と怪しくなっているのを自覚しているから、すぐに降参する。
元々物覚えの良い方ではないが、50を過ぎた頃から益々ひどくなり、対策として出来るだけメモを残すようになった。
今回のケースは事務所のホワイトボードと先方の言い分が異なっているのである。
つまり電話で日程を決め、直後記入しているにもかかわらず、その情報が間違っていた訳だ。
体験の一部を忘れる物忘れ、体験全体を忘れる認知症という定義に照らせば、今のところは物忘れのカテゴリーに入る。

物忘れの症状が進行して認知症になるのか、それは分からないが物忘れも悪い事ばかりではない。
嫌な事や都合の悪い事も忘れてしまうからだが、不思議なことに古い記憶はどんなに忘れたい事でも忘れられるものではない。
年寄りが昔の話ばかりするのは、つまりそういう事情によるのだろう。
昔話に要注意だ。
しかしそうすると、話すことが何もなくなったりして。
年寄りが無口になる時には、そうした事情があるのかもしれない。







国内需要回復

国内販売
No.246 2016.3.28





日本自動車工業会による2016年度の、国内新車需要の予測値が出ている。
525万台という事だから2015年度の493万台から7%程度の増加である。
これはいよいよアベノミクス効果が表れて来たかというとそうではない。
2017年の消費増税の駆け込み需要を見込んでの数字だという。
消費増税についてはもう完全に分からなくなっている。
だがもし増税見送りになれば、駆け込み需要もその反動減も起きず、なだらかに右肩下がりのグラフとなるだろう。
自動車の国内市場はバブル期の1990年の780万台をピークに減少傾向を続け、2020年には470万台となる予測もある。
人口も経済も縮小するのであれば当然とも言えるが、今後新たな需要が生まれる可能性も出て来た。
自動運転だ。
自動運転が現実になれば、高齢者や免許を持たない人にとって大いに魅力的な商品となるに違いない。
もちろん世界中で売れるだろう。
文字通り世界を変えてしまうかもしれない。
日本経済がV字回復する可能性がある。
一点突破を図るなら当面ここしかない。





さらばAKB

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No.247 2016.3.29





高橋みなみと前田敦子のデュエットに板野友美・篠田麻里子が加わり、「まだしんみりする時じゃない」と大島優子も登場、ヘビー・ローティションの大合唱となった。
彼女らが支持されたのは、支持する側と同様に海のものとも山のものともつかない存在だったからだ。
先の見えないコーナーに全速で進入して行ける頃があった。
それは若さの特権というよりもむしろ、他に方法を知らなかったと言うべきだ。
つまり恐いもの知らず。
しかしすべての扉がそれで開かれる訳ではない。
運と才能と努力、我武者らな前進、そうしたものが偶然かみ合って巧く作用し稀に光さす時もある。
当然そんな事は滅多に起きない。
彼女らの奇跡もこれで終わりだ。
個人の脱退というよりもグループというか、一つの間氷期がここでも終わった。
ポストジャズ、ポストロックの漂流が尚も続く。

カチューシャ外しな~がら~・・・♪名曲だと当時思った。






THETA予備機

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No.248 2016.3.30





先日導入した「THETA DS PRO BASIC Ⅲ」の調子が少しおかしい。
音は問題なく良いのだ。
しかし3系統ある入力のうち一つが接触不良気味であり、もう一つもそこまでいかないが少し怪しくなってきた。
そうするうちに「BASIC Ⅱ」が出ているのを発見した。
知人Hに知らせたが要らないという。
そんな古いもの何時壊れるか分からないと。
その通りだと思う。

その「Ⅱ」を予備機としてストックする事にした。
だいぶ迷ったのである。
色々思い悩む年齢だからな私も。
だが今までの経緯に照らせばこれをスルーするのは間違っているとの結論に至った。
THETAはジャズに活を入れる。
何かと弱気になりそうな私にも。






娘帰る

date.jpg
No.249 2016.3.31





北海道の伊達市に娘が三年住んでいた。
この度転勤となり、8年ぶりに札幌へ帰って来ることになった。
本日午後から引っ越しで、これから私も伊達へ向かうところだ。
娘が遠く離れて一人住まいしていると、親としては何かと心配なものだ。
これから3年ほどの札幌勤務となり少しほっとするけれど、その間に何とかならないかなあと内心思っている。
私と遊んでくれるのは嬉しいが、率直なところなんとかする方を優先してもらいたい。
本人には言えないけれど。

娘は大学卒業と同時に地方に赴任した。
職場に適齢期の男性がまったくいない環境で8年が過ぎた。
配慮がなさすぎると言うしかない。
転勤がある以上、地元の青年と一緒になる選択肢はないのだ。
その選択はほぼ離職に繋がるのである。
そうしたことが高学歴の女性を結婚から遠ざける原因となっている。
その先に見えているのが晩婚化、少子化であろう。
分かっている筈だ。
因みに職場結婚すれば夫婦揃って転勤させてもらえるらしい。
事実上この一択しかないのである。
この3年は非常に重要な日々となるだろう。
一日一日を大切にして欲しい。
私のことは構わなくていいから。





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