SAVEUR

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No.370 2016.8.1





久しぶりにフレンチを頂く。
すすきの界隈で人気の高いお店だ。
これが二度目になり前回は接待に使った筈だが、その時の事をもう覚えていない。
6時、開店と同時の予約。
ジャスティンタイムで店に入れば、あと20秒待てと店主に言われた。
廊下で待っていたら、主賓の娘がやって来た。
場所がわからず私の携帯に電話したらしい。
携帯を家に忘れてきた。

私はどうやら嗜好が変わりつつあるようだ。
白状するとあまり美味しいと感じなかった。
居住まいを正して食事するのが少し苦痛だった。
家でリラックスしつつ、妻の手料理を肴にワインを飲み音楽を聴いている方がいい。
たまには外でお食事しましょうと妻は言うだろう。
毎日じゃあ大変だものな。
つきあうよ。

都知事選の結果も出た。
東京都民といえば日本一偏差値の平均値が高い筈。
彼らはそれに相応しい選択をしただろうか。
したのだろう。
さりとて特番開始と同時に「当確」とは正しくいかがなものか。
ひどいKY。
もう少し盛り上げて欲しかった。
ともかくリオ五輪の開幕も間近に迫る。
そして日本列島夏本番。
私はちょっと石垣島へ行ってまいります。









HELP !

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No.371 2016.8.2





1965年、ビートルズただ一度の来日の前年に本作は録音された。
同名映画の「サウンドトラック」として知られるが、アルバム「HELP !」はサウンドトラックではない。
本人と無関係なオーケストラ等のトラックが一つもない。
リンゴが歌う「アクトナチュラリー」を除く13曲全てが彼らのオリジナル曲で占められる。
特にB面7曲は映画とまったく関係がない。
当時の音楽ビジネスでは考えられない事だった。
彼らは様々ある制約の中で作品を作ろうとしていた。
「助けてくれ、もうアイドル稼業はたくさんだ。そういう気持ちで書いた初めてのメッセージソングだ」ジョンがそう語っている。
邦題「4人はアイドル」、B面にあの有名な「イエスタディ」を収録する。





RUBBER SOUL

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No.372 2016.8.3





本作の録音は「HELP !」から数か月後の事だ。
当時ビートルズには過酷なノルマが課せられていた。
だがそんな事など少しも問題ではなかった。
彼らはこの傑作を僅か一か月で完成させている。
ビートルズがアイドルからアーチストに変わっていった、その第一歩がここから始まっていく。
後日イエローサブマリンの劇中で使われる「ひとりぼっちのあいつ」や、名曲「ミッシェル」が本作に収録されている。
そして彼らは「リボルバー」へとなだれ込む。
来日公演とはそれ以降の事なのだ。
もはや彼らを止める事など誰にも出来なかった。
確かにビートルズは音楽で世界を変えた。
しかし残された時間は数年に過ぎないのだ。
武道館のステージに立つジョンの、「やってられるか!」というオーラには十分な根拠があった。





REVOLVER

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No.373 2016.8.4





現在本作のCDを買うと14曲入っているだろう。
だが私の手元にある米キャピトル盤(LP)「リボルバー」には11曲しか入っていない。
「アイム・オンリー・スリーピング」「アンド・ユア・バード・キャン・シング」そして「ドクター・ロバート」が割愛されているのだ。
今ならあり得ないことが当時は平気で行われていた。
キャピトルはビートルズのアルバムから3曲、4曲と削り、それらが溜まるとレコードを一枚でっち上げた。
私のリボルバーから盗まれた三曲は「YESTERDAY AND TODAY」に収められている。
ビートルズはこうした行為を当然快く思っておらず、「YESTERDAY AND TODAY」のジャケット写真で意趣返しを図っている。
それが有名な「ブッチャーカバー」である。

「リボルバー」はロック史上に輝く名作だ。
ジョージが「タックスマン」で漸く才能の片鱗を見せ始める。
そして同時に本作で、ポールの才能がジョンを追い越してしまった。
「HERE THERE AND EVERYWHERE」
「グッド・デイ・サンシャイン」
そしてビートルズからどうしても一曲だけ選ばなければならないならこの曲。
「エリナー・リグビー」
きっとジョンは相当焦った筈だ。




SGT. PEPPERS LONELY HEARTS CLUB BAND

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No.374 2016.8.5





本作のコンセプトから傑作アニメ「イエロー・サブマリン」が生まれた。
これが唯一「サージェント・ペッパーズ・・・」に存在価値をもたらしたと私は思っている。
話題性先行で曲に魅力が足りない。
悪くはないがどれも粒が小さいのである。
「LUCY IN THE SKY WITH DAIAMONDS」の頭文字がLSDだと気付くのも時間の問題に過ぎなかった。
いや、そんな意図はないととぼけるイギリス流が笑わせただけだ。

「SHE'S LEAVING HOME」
家を出た娘は自由になり、結婚しやがて子を産む。
余談になるが、友人が62歳で爺やになろうとしている。
喜びも哀しみも幾年月。

それでも本作で記憶に残る曲は限られる。
例外的に「WHEN I'M SIXTY-FOUR」か。
「何年か先、僕が歳を取って髪が薄くなっても、バースディ・カードやバレンタインディのワインを贈ってくれるかい?ドアにカギをかけて僕を閉め出してしまわないかい?僕を必要としてくれるかい?僕が64歳になっても」
この曲をポールは16の時に書いたのだという。
信じられるか?






THE BEATLES

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No.375 2016.8.6





通称「ホワイトアルバム」、ビートルズ唯一(ベストもの除く)の二枚組アルバムだ。
ブライアン・エプスタインを失ったビートルズは自分たちだけで動き始める。
レコード会社「アップル」を立ち上げたのだ。
それは必ずしもバンドの存続にプラスの作用を働かせなかった。
しかしアップルは幽霊船のように漂流を続け、今日でもCDやDVDをリリースしている。
アップルレコードから最初に出たのが本作「THE BEATLES」である。
真っ白いジャケットにレリーフとなった「THE BEATLES」の文字。
それ以外にあるのは製造番号のみだ。
私のは日本盤で「A 059277」。
「1」はジョンが所有していたと言われるが、メンバー全員が持っていたとの未確認情報もある。

一般に本作はあまり評判が良くない。
作り込みが甘いとか印象が散漫だとか実験的な曲が多いとか、まあ結構散々に言われてきた。
一部は事実であり、残り全部が言い掛かりだ。
私は本作が「アビーロード」の次に好きだ。
収録中リンゴが一時的に脱退したため、ポールがドラムを叩いている曲がある。
「バック・イン・ザ・USSR」「ディア・プルーデンス」がそうだ。
リンゴは一週間後ジョンの説得で戻った。
今日のマルチトラック録音なら、ドラムのパートのみ入れ替えも可能だが、当時はそうもいかなかった。
それでポールのドラムがアルバム冒頭に残った。
ポールのドラムは「ジョンとヨーコのバラード」や「ママ・ミス・アメリカ」でも聴くことが出来る。
もちろんリンゴのドラムとでは、レベル的に比較にならない。
だがそれはそれでヘタウマな味があり、今となっては伝説の一部と化して修まってしまった。







LET IT BE

let it be
No.376 2016.8.7





本作もまた、同名映画のサウンドトラック的立場にある。
そして同様にサウンドトラックではない。
映画「レット・イット・ビー」は見ていて辛くなる映画だ。
それは間違いなく彼ら自身がそうなのだろう。
自分たちの関係が壊れていく、その過程の一部始終をカメラがとらえているのだから。
だから現在も「レット・イット・ビー」だけがDVD化されていない。

アルバム「レット・イット・ビー」はどうだろう。
フィル・スペクターによっておかしな加工を施され、ポールが激怒した話が有名だ。
近年になりこれが真実の姿だと「レット・イット・ビー・ネイキッド」なるものも出ている。
だが今更感漂うのみだ。
発売順が逆になったが、本作の失敗を挽回すべく彼らはもう一度スタジオに集まり、最終作であり最高傑作であるあの「アビーロード」が作られた。
「レット・イット・ビー」は「アビーロード」の踏み台となる事で命を吹き込まれたのだ。

「GET BACK!・・・帰ろう、いつかいたあの場所へ!」
アップルレコードの屋上で、そうやってポールは懸命に歌った。
不可能を可能たらしめたビートルズにもそれだけは叶わなかった。









MAGICAL MYSTERY TOUR

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No.377 2016.8.8





本来ならここに「アビーロード」がくるべきところ、そのネタを既に他所で使ったため「マジカル・ミステリー・ツアー」の登場となった。
本作はビートルズが作ったアルバムではなく、アメリカ側で勝手に作った企画ものである。
だが意外にいい。
それは収録曲の出来がいいということだ。
特に「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」と「ペニー・レイン」に価値がある。
娘は「ストベリー・・・」が苦手らしい。
「♪フォーエバー・・・」の箇所で悲しくなるのだという。
なるほど、言いたいことも分かる、だがいい曲だ。
「フール・オン・ザ・ヒル」「ユア・マザー・シュッド・ノウ」「ハロー・グッドバイ」「愛こそはすべて」
どれも素晴らしい出来だ。
ただしフィルムの方に特段見るだけの価値はないと思う。
「マジカル・ミステリー・ツアー」は改めてポールの才能を確認する盤だ。
「20世紀のモーツァルト」、それもあながち誇張ではなかろう。


生還していれば明日より沖縄編です。
さて、どんなミステリー・ツアーとなるでしょうか・・・







八重山 ①

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No.378 2016.8.9





さあ行くぞ石垣、八重山。
なにもこのクソ暑い時季に行かずともよかろうに、との声があるのも承知している。
しかしどうしても小学校教員の息子をメンバーに入れるなら、夏休みか冬休みの期間しかない。
そして次の冬休みに彼は結婚の予定だ。
つまりこの夏休みが家族旅行最後の機会となるのだから致し方ない。

札幌から石垣への直行便がないので、我々は羽田で乗り継ぎとなる。
今回、羽田-石垣間往復のANAプレミアムクラスを利用する事にした。
羽田に専用ラウンジがあり、待ち時間をゆっくりくつろげる。
ソフトドリンクからアルコールまでの無料サービス付である。



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これからのスケジュールを地図を見ながらじっくり検討する。
若者が入るとどうしても過密日程になりがちだ。
体力的に少し心配になる。
だが頑張ってついていくしかないだろう。



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ついにボーイング787搭乗のチャンスがめぐって来た。
昨年夏に台風で流れた倉敷旅行以来だ。
どちらかというと鶴のマークが好きで、ANAはあまり利用しない。
JALも787を就航させているが少数だ。
787の特徴がいくつかある。
東レのカーボン繊維を使用する事で機体の強度が上がり、キャビンの与圧と加湿量を上げる事が可能となった。
つまり耳が痛くなったりお肌が乾燥したりしない。
また、従来型よりも強度があるので、開口部を大きく出来た。
このため旅客機で初めてトイレに窓が付いた。
ウォシュレットまで備わるそうだ。
これらは日本の航空会社がローンチカスタマーとなり、日本のメーカーが開発・生産に大きく関わることで実現した成果だ。
この旅の中でも特に、787内部を直に見るというイベントが私はとても楽しみだった。









八重山 ②

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No.379 2016.8.10





機内の窓から外を眺める。
窓が大きいので写真も撮りやすい。
翼端の形状からボーイング737型と分かる。



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窓の下にこのような装置がある。
787型には窓のブラインドがない。
このスイッチを操作する事で窓を暗くする事が可能な作りとなっている。
左側に五つ並ぶ丸はインジケーターだ。
その内側の黒っぽい半円を押していくとインジケーターの点滅が下へ移動する。
下へ行くほど暗くなっていく。
変化が完了するまで若干の時間がかかり、その間インジケーターが点滅し続ける。



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これは面白い。
スイッチの操作にもう少し節度感があれば言う事なしだ。
つまり操作感がやや安っぽい。
すぐに壊れてしまいそうだ。


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離陸後シートベルト着用サインが消えると昼食が供される。
国内線から食事のサービスが消えたのはいつ頃の事だったか。
昔飛行機に乗るというのは特別な事だった。
今では誰もそんな風に思わないだろう。
スッチーもCAとなり、特にどうということもない。
ANAプレミアムクラスにはアルコールのサービスも付いている。
何でもある。
何でもと言ってもシャンパンはないが、CAVAならある。



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広いシートで半分くらいは寝ていただろう。
「快適な空の旅をお楽しみください」と言うならこれを基準としたい。
文字通りあっという間に石垣空港。
昔の空港は滑走路が短くて着陸が怖かったらしい。
今では大型機が楽々下りられるようになったので、石垣を訪れる観光客もずいぶん増えた。
平日でも空港ロビーはこんなに人でいっぱいだ。



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空港からホテルまで路線バスを利用する。
タクシーでもたいして料金は変わらないのだが、タクシーはあまり好きじゃないし特に助手席に座るのが嫌だ。
四人乗車なら助手席は私の役割になるだろう。
のんびり路線バスに揺られてホテルへ向かう。
現在時刻午後2時過ぎである。
まだまだ陽が高い。
札幌よりも遥かに西方に位置する石垣は日の出日の入りが遅く、およそ1時間半ほどの時差がある。
日没まで5時間。
さあ諸君、何して遊ぶ?











八重山 ③

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No.380 2016.8.11





ところで787に乗り機体が水平飛行になるやいなや、私はトイレに駆け込んだのである。
「みなさま、ただ今シートベルト着用のサインが・・・」とアナウンス中だったおねえさんがギョっとされていた。
しかしないのである、窓が。
ウォシュレットも付いていない。
そんなばかな・・・そんな筈はないのだ・・・。
でも何度見ても探してもないものはない、私は肩を落としトイレを出た。
「まてよ、後ろのトイレは?」
トイレは一か所だけではない、もしかしたら。

その時、先ほど機内アナウンスしていたCAが声をかけてきた。
「お客さま、大丈夫ですか」
体調を気遣うCA。
「窓がないのです、ウォシュレットもない」
「は?」
私は血相を変えて噛みついた。
「いや、ですから私はやっとのことで787に乗れたんですよね。トイレに窓があると、ウォシュレットも付いていると聞いていました。でも付いていませんでした、他のトイレはどうなの?」

気の毒な人を見るように二人のCAが憐憫の眼差しで私を見た。
「国際線には付いている機体もあるようです」
「全機のトイレに窓があるわけではないんですか?」
「はい、そのようです」
「ウォシュレットも?」
「はい、全部に付いているわけではありません」
「後ろのトイレにも?」
「ありません」
ガーン・・・よろめく私。
「お客さま、しっかりしてください」
「よ、与圧は?機体の強度アップで与圧を高くできる筈です」
「特別な差を感じたことはありません・・・」
もう一人のCAが先回りして言った。
「湿度も特に・・・」
なんということだ、頑丈そうに見える彼女らだけが気圧や湿度変化に鈍感なわけでもあるまい。
「そうなんですか・・・」
あからさまな落胆を私の表情から察し、不憫に思ったであろうCAのおねえさんは優しくこう続けた。
「国際線に乗ってみてください。お待ちしています」












八重山 ④

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No.381 2016.8.12





今回の八重山ツアーであるが、四泊五日の日程で初日石垣島泊、二日目・三日目を隣の竹富島に泊まり、四日目に石垣へ戻り最初のホテルに泊まるコースとなった。
午後三時を回る頃、石垣南部のホテルに到着する。
丁度チェックインのラッシュアワーに重なり、フロントは長蛇の列となっている。
しかし係の人が少なく、またとてものんびりしているため、なかなか作業が進まない。



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旅にハプニングやトラブルはつきものだ。
それが度を越していなければ寧ろ思い出ともなる。
今回最初の驚きとなったのが部屋の狭さだった。
いやリゾートホテルとしては普通の設えである。
二人ならばだ。
普通なら二人で泊まるツインの部屋にエキストラベッドを二つ入れ、我々四人で泊まることになった。
これは旅行会社のH女史のミスと言っていいだろう。
いつの間にか旅行のセッティングをすべて彼女に任せるようになっていた。
それで不満を感じたことがないので、今回も行先や日程など大まかな希望を伝え後はお願いしていた。
出発日が近付き日程表などが送られて来た。
それを見て少し不安に思ったので、H女史に部屋の面積を問い合わせたのである。
40㎡との回答だった。
この時点で事態を認識できた。
それでもう一部屋追加をお願いしたのである。
しかし既に当日満室となっていて、こちらの希望は叶わなかった。
でもこれはこれで良かったと私は思っている。
通常のリゾート気分はいくぶん割引きされたが、逆に最期の家族旅行に相応しいものになったのではないか。
ただしそれも、二日目・三日目の竹富島が二部屋確保されていた事によったであろう。
全行程四人部屋だったら、やはりちょっとな。



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荷をほどき少し休憩したら、ガーデンなど探検してみた。
プライベートビーチが続いている。
椰子の葉揺れるここは南国だ。
この先西方にあるはもう与那国島のみ。
台湾が目と鼻の先だ。
四時過ぎの日差しがこんなに肌をさす。
頭蓋骨を貫通し直接脳を刺激してくる。
その激しさに鼻がツーンとした。
八重山恐るべし。



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あ~ここは石垣西の果て、僕はもう街へは帰れない。














八重山 ⑤

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No.382 2016.8.13





初日夜、石垣での夕食は娘が地元の居酒屋を予約していた。
その名も「迷亭」。
酩酊に掛けているのだろう。
土地鑑などまったくないので、近くまでタクシーを利用することになった。
何も言わないのにササッと娘が助手席に座る。
すぐに運転手の下地さんとうちとけ、色々と情報を入手する娘。
明朝9時、野底(のそこ)の吹通川(ふきどうがわ)カヌーツアーに申し込んでいたのだが、手配した息子がしくじり送迎を頼み損なっていた。
こちらへ着いてから先方と連絡を取ったところ、迎えのバスがいっぱいで乗れないから自力で来いとの事である。
帰りは送ってくれるそうだ。
娘はその話を下地さん(あとでシモジイと命名していた)にし、野底までどうやって行けばよいかを相談し始めた。
「野底?遠いさあ」
とシモジイ。
「どれくらいかかるんですか?」
「車で3、40分かかるさあ」
「バスはありますか?」
「バス?あるさあ、一日二本」
「・・・レンタカーかな」
「明日迎えに行きましょうね」
「え?」
「タクシーの方が安いさあ」
「いくらくらいかかりますか?」
「・・・・3500円さあ」
というような調子でシモジイがホテルまで迎えに来てくれる段取りとなった。



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他に行きたい店などあり、歓楽街にて下車明日の再会を誓う。
ところがその後「迷亭」が見つからない。
おかしいな、地図だとこの辺なんだがと、何度も行ったり来たり。
ついに発見したその場所は、皆で三回くらい前を通り過ぎていた。
店の表示が小さい小さい。
分かる人だけ来てください、と店のポリシー明確である。



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この店は何を食っても旨い。
普通に旨い。
おそらく日本中の何処でやっても繁盛しただろう。
市井の美食家・呑兵衛で溢れるが、殊更郷土料理と泡盛で押してくる訳でもない。
結局そういう事なんだな。
琉球の人たちも今では普通の日本人なのだ。
同じようなものを食べ、同じようなものを飲んで暮らしている、私と同じような日本人なのだ。
だから店内に流れる音楽だって三線や沖縄民謡や島唄などではない。
そういうのは逆に観光用の限定的な営業なのだろう。
いい店を見つけてよかった。



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大いに飲み食い、そして旅の疲れで一家爆睡。
これならホテルの部屋なんて清潔でありさえすれば何でも良いと言えばその通り。

石垣は夕暮れが遅い替わりに朝も遅い。
6時を過ぎないと明るくならない。















八重山 ⑥

ANA 石垣
No.383 2016.8.14





二日目の朝、早々とチェックアウトを済ませそのまま荷物をフロントに預けて、我家四人ホテル前でシモジイを待つ。
やって来たシモジイ、「早いねー」とにこやかだ。
では野底までお願いします。
走ること30分余りでシモジイは料金メーターを止めた。
「3500円になったねー」
昨日の見積もりに到達したので、あとはサービスだという。
いい人らしい。

そこから暫く走り、山の中の掘っ立て小屋に到着する。
「吹通(ふきどう)川観光」、ここの案内でカヌーツアーに出掛けるのだ。
ホテルをチェックアウトしたという事は家を出発した時の服装に戻っている。
すなわちジャケット・パナマ帽・革靴姿で水着・Tシャツ・ビーサン持参であるから、更衣室とロッカーが必要になる。
一応プレハブにロッカーが置いてあるのだがロッカーのカギがない。
ジャケット着用の最大の目的は内ポケットへの財布の収納で、旅費がごっそり入っているのだ。
そいつをカギのかからないロッカーに入れて行かなければならない。
「小屋の入口にカギかけるさあ」
吹通川観光のオヤジがそう言う。
意味分からねえや。



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四人ともカヌー初体験。
二人ずつに分かれタンデムシートのカヌーに乗る。
他には母と息子の二人連れのみだ。
彼らは何度か来ているようだった。
はっきり言って面白く、私はこんなにカヌーの才能があると思わなかった。
私の前に座った妻はガチャガチャやっているだけでさっぱりだ。
息子も上手に操縦していた。
こういうのは男の方が向いているのだろうか。
公園のボートなんかでも漕ぐのは大抵男の仕事だ。
娘も頑張ったが、電卓で痛くなったという腱鞘炎を悪化させた。
そんなに頑張らなくてもいいのに。

1時間半ほどで吹通川観光に戻った。
帰りはホテルまで送ってもらう約束なのだが、昼過ぎまで帰れないと分かった。
例の母と息子二人がこのあとシュノーケリングのツアーへ行く。
我々は彼らの帰りを待ち、一緒に送ってもらうのだという。
いやー、それはどうなんだろうねえ。
仕方ない、我々も行くか?
さいわい水着姿である。



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意外な展開となり、ボートでポイントへ向かう。
妻だけはボートに残ることになっている。
水中がまったくダメなのである。
そのせいで、いつだったかグアムへ行った際に水を避け、ジャングルトレッキングで二人散々な目にあったっけ。



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沖縄本島もそうだったが、石垣まで来てもたいして透明度が高くないなと思っていた。
しかしそれは大きな誤解で、ちょっと沖に出れば素晴らしくきれいな海が待っている。
色々とハプニングが続きテンパッた娘が、昔プレゼントした革バンドの腕時計を着けたまま海に入ってしまった。
もうだめかもしれないけど、戻ったら水でよく洗おう。
家に帰っても動いていたらオーバーホールに出そう。
そういって覚悟していたが、バンドを替えるだけですんだ。



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サンゴ礁のシュノーケリングなんていつ以来だろう。
ポイントを小半時かけて回った。
世界には美しいものがたくさんある。
これを子供たちに見せてやれてよかった。
私は途中でライフジャケットを外し、素潜りに挑んだ。
レンタルしたマスクがいい加減な代物で、3mも潜ると浸水がひどく往生した。
やっぱりマスクとシュノーケルくらいは自前の専用が欲しいね。
ボートに戻ると、残った妻が波に揺られてぐったりしていた。



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機能特盛り

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No.384 2016.8.15





石垣旅行の途中ですが、CDR-HD1500 3号機へのレコードデジタル化作戦が終了しました。
しかし何事もほどほどにと申しますか、本件については少しやり過ぎだなあと思わないではない。
「酒も女も"にごう"まで」などと言いますしね。



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本機が採用するハードディスクはULTRA-ATAタイプで、私は約1000タイトルをそこに書き込んだ。
去年の年末に始めた作業だ。
約八カ月かかった。
楽しかったけれど、恐いのはハードディスクの毀損であろう。
そこでこれが最後のミッションとなる、バックアップの作成を行った。
毒食らわば皿まで、ハードディスクのコピーである。



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本体からハードディスクを取り外し、「機能特盛りBOX」のスロット1にセットする。
そしてコピー用のハードディスクをスロット2に。
「機能特盛りBOX」はULTRA-ATAタイプのハードディスクを編集する機械だ。
かつて数万円したと思われるが、私が購入した時点でULTRA-ATAが絶滅寸前だったため、量販店で数千円の投げ売り状態だった。
これまで数回使った。
おそらくこれが最後だろう。



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スロット1から2へのコピーを選択。
間違えると八カ月の作業が全部消去される。



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かわぐちかいじ「空母いぶき」を読みながら、待つこと三時間。
この話リアル過ぎる。
昨今の尖閣情勢をみれば、いつこの物語のとおりに事態が進んでもおかしくない。
そうなった時どうする日本?



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ハイ、コピー完了。
これで安心して石垣に戻ることができる。



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八重山 ⑦

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No.385 2016.8.16





祝錦織銅メダル。
日本テニスの快挙だ。
これから日本のテニスが熱くなるだろう。
後に続け子供たち。

石垣の夏も当然暑い。
だが気温は札幌と大差ない。
周りを海水で囲まれているからだ。
暑さなら東京や京都の方がずっと暑い。
しかし来てみてわかった。
日差しが違うのだ。
この点が決定的に異なる。



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積乱雲すら美しい。
上空に来ると、時に激しいスコールをもたらし、そしてすぐにあがる。

さあ、旅の二日目は竹富島へ移動だ。
ホテルで荷物をピックアップ、離島ターミナルへ向かう。



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石垣港に停泊中の海上保安庁巡視船「PS-10 さんべ」。
中国の動きに対応してか、隠岐に配属される唯一の巡視船が出張って来ている。
海洋国日本は世界第六位の領海面積を有する。
しかるに現状海保の艦は絶対的に不足している。
だから拉致を阻止できなかった。
中国はどうだ、阻止できるか?



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竹富島まで高速フェリーで15分だ。
石垣を訪れる多くの観光客がこの島にやって来る。
そしてその殆どが日帰りで石垣に戻るようだ。
竹富島には泊まってみるべきだ。
泊まらないと体験できないことが多すぎる。



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さすが南国バナナが自生する。
お盆には食べられると地元の人が言っていた。
きっと今頃食べ頃をむかえているだろう。



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水牛が炎天下、観光客を満載した車をひいてやって来る。
文句も言わず黙々とひいていく。
新田観光の事業にケチをつける気はない。
札幌では馬にひかせている。
もちろん竹富島も札幌も観光は重要な産業だ。
だがどちらもあまり感心しない。
楽しいかいと水牛や馬に一度きいてみるべきだ。
答えない時は他の方法で金儲けしたらいいと思う。



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八重山 ⑧

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No.386 2016.8.17





竹富の宿に到着した。
この島に二階建ての建物はない。
どこへ行ってもおなじような意匠の平屋が軒を並べている。
赤瓦の屋根とシーサー、珊瑚石の石垣で統一され国の街並み保存地区に指定される。
当然金も出ているだろう。



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さっそく探検に出掛けた。
ドラクエのダンジョンのようだ。
どこを歩いているのか分からなくなる。



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これは墓所だろう。
本島でも街を外れると見かけることがある。
かつて琉球は明らかに違う文化圏だった。
いや、今でもそうなのかもしれない。
某国の主張にまったく根拠なしと断言できないのがもどかしいところだ。



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娘の提案で宿の夕食を放棄し、居酒屋「しだめー館」を予約していた。
ダンジョンを彷徨いなんとか場所を記憶して、日没を見に西の桟橋へ向かう。



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7時からの30分がショータイム。
水平線の向こうは手前が朝ドラで名高いという小浜島、その奥に大きな西表島、右が無人の加屋島である。



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ここでプロポーズでもしたら勝率高かろう。
周囲ギッチリ人だらけだが。



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7時半の日没と同時に「しだめー館」へと戻る。
ラストオーダーが8時なのだ。
「しだめー」とは土地の言葉でかたつむりのことらしい。
ここらのはきっとデカいんだろうな。

日本一の餃子好きを自任する娘が注文する「石垣牛餃子」「あぐう餃子」「鶏かわ餃子」「島唐辛子餃子」わざわざ来た甲斐あり。
白ワインが温燗のようでまいったが、隣のテーブルから大阪のおっちゃんがワインクーラーを貸し出してくれた。
大阪人は親切である。
息子がシメにラフティ丼を頼んだ(といっても最初に全部注文している。入店と同時にラストオーダーである。)ので、私は焼きそばを注文していた。
この麺がソーキそばなんかに使う例のヤツでなんか笑った。
しかしなにもかも旨い。



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食後、西の桟橋に戻り星空を見上げる。
唖然とするしかない眺めだった。
こんな凄い夜空を初めて見た。
人工の灯りが一切ないからだ。
次第に目が慣れてくる。
星明かりで人の表情すら分かるようになる。
太古の昔、人類はこんな環境で暮らしていたのだ。

後刻石垣での最終日、全島ライトダウンの星空コンサートがあった。
竹富の星空に全然負けていた。
全島ライトダウンといっても100%灯りを消せる訳もない。
島全体、空全体がボーッと明るかった。
竹富の星空を見た後だったのが不運というか、でも満足だ。
















八重山 ⑨

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No.387 2016.8.18





三日目の朝が激しい雷雨と共に明けた。
この天候で外出はできない。
友人Hから「どうですか?」とメール着信。
いやぁH、元気にしてるかい?
しかし当方どうもこうもないんだよな。
仕方なく寝転がってサッカー初戦を見る。
ひどくだらしない試合だった。
世界レベルのディフェンダーとキーパーが日本に生まれる日が来るだろうか。
このポジションが充実するには、サッカーにもっと多くの人材が供給される必要がある。
優秀な素材が前の方から埋まっていき、現状なかなかディフェンダーやキーパーまで回って来ない。
この間子供たちは部屋で寝ていたようだ。
皆丁度いい休養になった。



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雨もあがり、丸八レンタサイクルで自転車を借りて島内一周に出掛ける。
竹富島の主要な交通機関はチャリだ。
そのチャリにカギがない。
すべてのチャリに付いていない。
店の人に盗まれたらどうすると聞いた。
「すぐ電話して。別のを届けるさー」
いや、そうではなく、こちらの責任はどうなるのか。
「そんなの気にしなくて大丈夫。だいたい盗んでも島から出られないさー。誰も盗まないさー」
とまあこんな感じ。
島のいたるところに駐輪場があり、似たようなチャリが並ぶ。
車体の番号で識別するしかない。



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竹富島は平坦だ。
集落周辺の道路は海岸から運ばれた白い珊瑚の砂で敷きつめられている。
走りやすいような走り難いような微妙な塩梅。

なんかヘンだと思えば信号機がない。
妻の情報によると島に一つだけあり、それは交通整理が目的でなく、将来島の外に出た時に備えて子供らに信号機を認識させるためなのだという。
しかし島唯一の信号機を見かける機会は遂になかった。



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途中見つけた島唯一の金融機関で妻が持ち過ぎた現金を入金する。
宿にセーフティボックスがなく、全財産を身に着けて外出していたのである。
ないと言えばこの島には「店」がない。
あるのは食堂と居酒屋と土産物屋くらいのもので、市場とかスーパーとかそういう施設がない。
コンビニなんてものは一つもない。
いったい島の人たち、どうされているのか。
吉幾三の歌みたいだ。
イヤ、何もないのがいいんだよねぇ、などと軽はずみな事を言うまい。
そらあ、あんたら三日しかいないからサー、という話だろう。



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島有数の海水浴場「コンドイビーチ」でくつろぐ。
子供たちは海に入っていった。
どこまで行っても膝下の浅瀬とナマコの大群らしい。



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「なんかくれー」と野良猫が集まってきた。
「ギャー」と妻絶叫、猫たじろぐ。



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星の砂で有名なカイジ浜に着く。
老眼鏡に掛け替えないと判別つかないので、売店にて300円の瓶詰を購入する。
妻が「耳サンゴ」と「たばこサンゴ」をゲットして自慢する。
今日も暑い。












八重山 ⑩

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No.388 2016.8.19





サンゴの砂を撒いた田舎道をチャリ隊が行く。
チャリがこの島のサイズと地形によく合っている。
誰か知らないけれど、この商売を思いついた人がいるのだ。
大したものである。



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東海岸のアイヤル浜へ向かう道はガタガタ荒れていた。
少し奥まっていて遠回りになるせいか人の気配もない。
途中から砂が深まりチャリを押す。
まだかよ、と思う頃突然視界がひらけ海岸に出る。



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美しい砂浜に様々な貝殻や珊瑚のかけらがうちあげられていた。
皆で楽しく採集する。
ザクザク採れる。
名残惜しいがチャリ屋が5時15分にて店仕舞いで、それまでに返却したい。
集めた戦利品を前の籠に入れ、ガチャガチャいわせながら帰途につく。



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星野リゾートがこの道すがらにある。
とんでもなく不便な場所だ。
よくここに造ったな。



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チャリ屋のにいちゃんがそんなモノどうするんだと、不思議そうな表情だった。
確かにな、こんなにたくさん持って帰ってどうするんだろう。

少しチャリ疲れもあり、この日はおとなしく宿の夕食を頂くことになった。
やはりあまりオススメしないが、せめてワインでもとセラーを見せてもらったらモエのロゼがあり、値段を尋ねれば5000円だという。
そんな筈はないが本当か?と念を押す。
間違いなく5000円との事だ。
先方がそう言うのだからいいのだろう、有難く頂くことにした。



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食後親チームは早々と就寝。
子供たち夜の探検に出掛け、翌朝この画像を見せてくれた。
甲羅の直径が20センチもあるこんなヤシガニがわさわさいたという。
ここには書けないような生物の大群にも遭遇したようだ。
竹富島、なんか凄いところだった。
















奇妙な団体戦あり

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No.389 2016.8.20





お盆に誘われ団体戦に出た。
とてもヘンな大会だった。
私のチームは夫婦二組なのだが、対戦相手が男4人だったり女4人だったりと何でもありだ。
つまり男子ペアとミックスペアが対戦したり、場合によっては女子ダブルスになったりする。
こんなのきいたことがない。
男四人のチームは明らか勝つ気マンマンで来ているが、賞品(ビールひと箱)狙いだとしたら参加費を持ってスーパーへ行き、直接買えばより確実であろう。
当方男ペアと相手女ペアの対戦になると、これがまた面白くない。
ぶつけないように気をつかい挙句負けたり。
コートサイドのベンチからタオルが落ちたからと、こちらのポイントを無効にした女があり完全にキレたが、最終的に発泡酒ひと箱(一人6缶)を持ち帰った。
頑張り過ぎて腰が痛くなった。

今回のメンバーにもう一組の夫婦を加え、来月別の団体戦にも出場予定だ。
そして10月には秋の大会がある。
妻の妹が膵炎による入院後初となるこの試合に向けて練習を始めた。
再発を恐れ退院後糖分と油を避けているようで、少し痩せてしまった彼女の体調が気掛かりだ。
結局今も原因は分かっていない。
だから危険因子を排除したい気持ちはもっともだと思う。
しかし今後ずっと糖分と油を摂取しない方向でいいのだろうか。
素人に分かる筈もないのだが、おそらく医者にも分からないのだ。
だとすれば当事者の納得がいくようにやるしかあるまい。
それで栄養不足なら何かで補強する手がある。
プロテインを勧めたがあまり興味がないようだ。
鶏胸肉や牛肉赤身を大量摂取するのはどうだろう。











八重山 ⑪

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No.390 2016.8.21





四日目の朝が来て石垣島に戻る。
石垣からの観光客を満載した双胴船が、竹富の埠頭に着岸した。
折り返しの便で石垣に向かう客はほんの僅かで、がらがらの船内ほぼ貸切り状態だった。



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石垣港に巡視船が三隻停泊していた。
第11管区石垣海上保安部、ここは尖閣警備の最前線基地だ。
昨年度から大型船(PL-81巡視船たけとみ等 パトロール・ベゼル・ラージの意)10隻体制となり、横浜海上保安部を抜いて最大規模となった。
しかし現状、艦船数・サイズとも中国海警に圧倒されている。



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一方で船内モニターに流れるオリンピック開会式。
世界は欺瞞に満ちている。
だが欺瞞で済んでいるうちはまだマシなのだ。
外交のテーブルで握手しながらテーブルの下では蹴り合いと言うが、テーブルの上でも殴り合いが始まるかもしれない。

初日泊まったホテルに荷物を預け、フロントにてレンタカーを手配してもらう。
日産NOTEを半日借りてガソリン込み6000円だ。
竹富のレンタサイクル四人分より安い。
レンタサイクルはつくづくボロい商売だ。



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石垣島を左回りに一周する。
途中果樹園に寄りマンゴーとパイナップルを食べた。
商売上手な婆さんだった。
しかし婆さん3000円は暴利だ。



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川平(かびら)湾手前の御神埼(おがんざき)にも寄る。
下を見ると玉が縮む。
落ちたら命はなかっただろう。



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あと少しで川平湾だ。
絶景ポイントとして有名で、浅瀬に美しい珊瑚礁が広がる。
それはいいのだが、観光用のグラスボートに占拠されており、シュノーケリングも出来ない。
石垣・竹富どちらもそうなのだが、手軽にシュノーケリングを楽しめるビーチは皆無と言っていい。



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川平の海が一番きれいだと子供たちが言っていた。
ここで泳げたら最高なのに。










八重山 ⑫

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No.391 2016.8.22





死闘を制したブラジルおめでとう。
フェイントは反則気味だったけどネイマールよ、でも最後はよく入れたな。
ドイツもKYにならなくて良かった。
この金メダルを他のマイナー競技と同列に数えるのはどうしたって無理がある。
何としても国別金メダル数を競うなら、最低でも12個相当だろう。
もちろん12個目はサポーターに与えられるメダルだ。

マラソン代表の選考なんて誰でもよかったのだ。
瀧﨑さん(猫氏)でもよかったくらいだ。
ダメダメなマラソンにも国が金を出している。
国費、すなわち税金を効果的に使って欲しい。
犯罪者になりたくないから納税はする。
だからそちら側にも、公平な徴税と共に適正な執行を求めたい。

さて川平湾である。
旅行会社の無料サービスでグラスボートに乗った。
無料だからまだ許せるがグラスボートはつまらないです。
船内から珊瑚礁と熱帯魚を見るのであるが、自分自身の影になって光が当たらずちっともきれいじゃない。
おまけに海中をスクリューでかき回し、さらに視界を悪くする。
こんなものはやめて、シュノーケリングのポイントにすればずっと良くなるのにな。



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冒頭の写真右端でしゃがんでいる娘がその時写していたのが上の画像だ。
最新のデジカメだけあって、私のガラケー写真とはだいぶ鮮明度が違う。
「何枚か水面だけの写真を撮りましたが、このカビラ湾がもっとも透明度が高かったです。Aチケット(旅行会社の選択可能なサービス Author脚注)があまっていたのでこのあとグラスボートに乗りました。石垣島がサンゴの上に乗っているということがよく分かりました<優等生的感想>」との事だ。



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少し腹がへってきた。
ホテルでレンタカーの手配をしてくれた年配の白人男性が、このあたりに食事できる店がいくつかあると言っていた。
逆に言えばここで食わないと後がないという事だ。
ガイドブックと地図とスマホを動員して検討する。
「イマジン」という店が当てずっぽうだが良さそうに思った。



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ちょっと奥にあるため迷ったが、なんとかイマジンを探し当てる。
ビートルズが流れる店内は想像とまったく違った。
上品な関西女性が注文を取りに来て、ご飯が三人分しかないと言った。
私と息子が牛スジカレーを、妻と娘はタコスを注文。
味普通。
ここで娘に運転をかわり、米原ヤエヤマヤシ群落を目指す。



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人気のない遊歩道を10分ばかり散歩してみた。
南洋植物園ですね。



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ヤエヤマヤシというのは希少な固有種だというが、植物学者でもなければその有り難さが伝わり辛いと思われる。




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札幌で見られない光景なのは確かだが。



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トカゲがいたり。



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見知らぬバッタがいたりする。



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ここから息子に運転させてみる。
少しできるようになったようだ。
特にオートマチックならだいぶマシだ。

ホテルに戻り車のキーをフロントに返して、最後のイベント星空コンサートの会場へ向かう。
夏川りみさんとスクープオンサムバディが特設ステージで歌う。
ステージ左の隅っこに立っていたら後方の男から座るように注意を受けた。
野外コンサートを盛り上げようとか思って立っていた訳ではなく、何が潜むかわからない草っぱらに座るのが嫌だっただけなんだけど、仕方ないからおとなしく座った。
こんな風に八重山最後の夕刻が粛々と進行していった。










八重山 ⑬

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No.392 2016.8.23





見慣れた景色になってきた朝の海も今日が最後だ。
やっぱり海は南がいいね。
北の海はどうにも演歌調だからな。
津軽海峡冬景色、夏から秋への能登半島、襟裳の春は何もない春です等々。
札幌へ帰って小樽ドリームビーチなんかに行くと、凄い落差に目まいがするだろう、だから行かない方がいい。



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今回はずいぶんと海の写真を撮った。
そして子どもたちはよく海に入った。
ホテルを出る直前までビーチで遊んでいた。
でももう時間だ。
さあ、そろそろ帰ろう。



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機会がなかったけれど、石垣の歓楽街にジャズスポットもあったのである。
真昼間前を通った。
どうもピンと来なかった。



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さらばだ石垣島。



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楽しかった。
でももう来ることはない、そんな気がする。



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手前が伊豆大島、その向こうに見えているのが富士山頂だ。
羽田まであと少し、旅が始まった場所にまた帰って来た。
みんなどうだった?
旅は人生で人生も旅なんだなと。
そうだ、そんな感じかもしれない。
えー!そんな大げさなこと?
四泊は長すぎると思ったけど、意外に短かったからね。
よく分からないけどまあいいじゃない。
みんな元気で、明日からまた頑張ろう。
OK、じゃーまたね!
こうして今年も夏が終わっていく。














予報通り晴れてきた

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No.393 2016.8.24





台風が三つ北海道に上陸し騒ぎになったが、札幌では特に被害なく午後から晴れの予報だ。
南西に向かった10号はどうなる。
その後勢いを増しているようだ。
力をつけて戻って来るのかい。
今週末もまた雨の予報だな。

21日(日曜)は雨だというので完全に油断していた。
ところが午前中すっかり晴れて、テニスコンプリートになった。
かなりの降雨後だったので、地面から湯気が立ち上る中でのプレーとなり、高温多湿にやられまだ少しだるい。
当たる時には当たるけれど、当たらないとなったらさっぱりなのが天気予報だ。
虎ノ門ニュースで武田邦彦氏が半井小絵さんに、「100%当たらないなら予報とは言わない」と文句を言っていた。

人は歳と共に文句言いになる。
自分もそうだからよく分かる。
そのうち文句を言うのが生き甲斐にならないか少し心配だ。
だが、確かに当たるか当たらないか分からないなら、精々天気予想であろうか。
特に日曜日の天気予想にはより魂を込めてもらいたい。
翌日が雨の予報ならテニスプレーヤーは、土曜の夜にはもう少し飲みたくなるんだよ。



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コンビニ人間

コンビニ
No.394 2016.8.25





芥川賞受賞作が面白いなんて、村上龍氏以来の事かもしれない。
その村上さんが「このような作品が誕生し、受賞したことを素直に喜びたい」と珍しく手放しの絶賛だ。
作者村田沙耶香氏は実際に週三回コンビニでバイトしておられるようで、本作はある程度まで実体験に基づいていると考えられる。
私小説なのか、それは分からないがもし違うとしたら余計にたいしたものだ。
ただ、2003年に「授乳」でデビューした後、第31回野間文芸新人賞、第26回三島由紀夫賞を受賞しておられるので、専業作家とまで行かなくとも既に小説家であり、まったくの新人という訳ではない。
今後本が売れ専業作家の人生がスタートする可能性はあると思う。
それとも主人公恵子のように「コンビニ店員という動物」でコンビニの声が聞こえ、それ故今もコンビニから離れられないのだろうか。
単行本が1400円で出ているが、文藝春秋9月号に全文掲載されており、こちらは税込み950円だ。







チェッカーズが楽曲提供

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No.395 2016.8.26





この懐かしいシングルCDを持っている。
当時二人の旅も結構楽しく見ていた。
ロンドンに着いた時には感動すらしたが、過酷な企画が面白いだけで実際の人物に才能があると思わなかった。
だから番組終了後ほどなく名前を聞かなくなったのも特に不思議なことではなかった。
その後自殺すら考えるほど、ずいぶん辛い目にあっていたようだ。
しかし有吉さんは絶頂期の月収2000万を堅実に残し、数千万の貯蓄でその後の不遇時代をなんとか乗り切った。
当時この人気がいつまでも続く筈はないと思っていたという。
このへんが彼の賢いところで、現在の芸風にそれがよく顕れている。
話の面白い人は頭がいい。
でも頭がいい人の話が全て面白いかといったらそんな事はない。
有吉さんは毒舌トークで商売しているが、実際にはただの放言ではない。
言っていいこと、今言うべきことを緻密に選別しているし、言ってはいけないこと、言うべきでないこともわきまえている。
しかしただ無難に話すだけなら面白い訳がない。
八代弁護士が面白くないのはそのせいだ。
それらぎりぎりのサジ加減を上手く計算出来る人の話が面白いのだと思う。
頭良くない、従って話も面白くない私なんかには到底マネできないところだ。
それにしても交際も妊娠も事実無根てそんなことあるのかね。
それが本当でも嘘でもどちらでもいいけど、芸能人てのはホント大変だな。










787急降下

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No.396 2016.8.27





ロールスロイス社製エンジン(トレント1000)にトラブルが発生しているようだ。
コーティング不良のためブレード(三菱重工製か?)が腐食し破断という、重大事故を連想する内容である。
実際2010年に行われた地上テスト時に爆発した事もあり、それが787の開発遅延に繋がった。
トレント1000は787の約四割に採用され、残り六割がGE製である。
因みにJALの機体にはすべてGE製エンジンを載せている。
787は過去にバッテリー出火騒動で評価を下げた事もあった。
トイレの一件と相まって、相当なイメージダウンを免れない。
個人的には787に乗る特別な理由などもう何処にもない。







NSX Ⅱ

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No.397 2016.8.28





ホンダがNSXの受注を始めた。
デリバリーは来年2月からになるという。
2370万円という現行国産車の最高額をつけた新型NSXは売れないだろう。
それは売主側に売る気がないからで、あまり売れても逆に困るのだ。
多分利益など見込んでいないから。

NSXは米国オハイオ州で生産され日本に逆輸入される。
ハンドメイドのような生産となりそもそも量産困難なため、現地でも2年待ちの状態である。
ホンダでは初年度販売予定100台と言っている。
つまり右ハンドルの日本仕様はそれしか造れない、だからそれ以上売れないということなのだ。
ではNSXを国内で量産し1000万以内の値札を付けて日本市場に出したら?
多分売れないだろう。
上の写真を見てもさっぱりときめかないのは歳のせいかもしれないが、こうした形態の車を一部マニアを除き誰も求めていないからだ。
そのことをホンダ自身が一番分かっていると思われる。
それでも尚NSXを造るのは自動車会社の矜持とでも言う他あるまい。

「一台さしあげます。ただし転売不可です」
そう言われたらどうしよう。
最近ボクスターを息子に譲ったばかりの私としては、迷った挙句にきっとお断りするだろう。










思い出のかけら

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No.398 2016.8.29





竹富島の浜辺にて妻が採集した珊瑚片である。
たかだか三週間前の事なのに、もう随分経ったように思える。
夏の想い出かき集め、洗浄し漂白しニスで仕上げた。
箸置きに丁度いい塩梅だ。

晴天の日曜日、大会が近いので集中して練習に励んだ、と言いたいところだが前夜の疲れで体調が良くなかった。
ススキノのてんぷら屋で某氏と飲んだのであるが、てんぷらは好きでも嫌いでもないというか、一生食わなくてもOKだと思った。
そもそも三日前私がフレンチを提案したところ、前夜もフレンチだからと氏が焼き鳥を提案しそれならと同意した。
ところが予定した店の予約が取れなかったとかで、無断でてんぷら屋に変更されてしまい、かといって奢って頂ける訳でもなく割勘23000円の負担となった。
そのような旨くない酒は、きっと身体にも良くないのだろう。

もっと美味しく飲めるよう、カゴメのサプリメント、スルフォラファンを試してみる事にした。








帰って来た10号

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No.399 2016.8.30





ボクスターが出て行き、駐車台があとに残った。
20年前家にあったMGFが水害で水没し、滅多にある事でもなかろうが絶対二度目がないとも言えないので、このように大袈裟な装置を設えたのであった。
車がなくなれば邪魔なだけなんだが、撤去するにも費用が掛かろうから、恐らくは一生このままになるものと思われる。
水害時隣のボイラー室にも当然浸水し、置いてあった冷蔵庫が横倒しでプカプカ浮いていた。
もう使えないかなと思ったが、まったく何の問題もなくその後長く使用した。
古い冷蔵庫だったので、マイコンなどのデリケートな電子パーツがなく、それで無事だったのだろう。
家に浸水するととても大変なことになる。
本などは全滅だし、衣服なんかもダメだ。
台風10号が迫っている。
そのせいだろう昨日午後3時過ぎに、車の外気温計が35度を表示していた。
間違いなくこの夏一番の暑さだった。
相当にパワーのある台風らしい。
なるべく被害軽微に済ませたいところだ。






減少する消費支出

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No.400 2016.8.31





消費支出が5か月連続で減少中だ。
GDPの約六割を家計の消費支出が占める日本経済への影響は相当大きいと言わざるを得ない。
大きく下げた2014年4~6月期、17年ぶりの消費増税があったのがこの時だった。
あれから二年経っても消費が回復しない。
そもそも日本の景気が本当に良かったのは四半世紀も前のことだった。
この国にはまだ勢いがあった。
国家百年の計というが、消費税・間接税というのは基本的に悪い考え方ではないので、やるならその頃までに完了しておくべきだったのだ。
それからの日本はずっと悪い。
景気悪化 → 非正規雇用拡大 → 可処分所得・消費支出減少 → 更なる景気悪化 → 更なる非正規雇用拡大・・・という負のスパイラルに巻き込まれている。
それに加えて消費増税もしようというのだ。
景気なんか良くなる要素がまったくない。
10%への消費増税を昨年10月に出来ず、延期した来年4月を更に二年半先送りにした。
昨年増税していたらエライ事になっただろうし、今の状況で来年上げられないのももっともな話だろうが、その状況がいつになったら変わるのかといえば2019年も同じことのような気がする。
更にはオリンピック後ならもっと出来ない可能性が高いので、ことによると今後20年くらいはチャンスが来ない可能性があり、それはつまり私の人生とあまり関係のない話ということになる。
同時に私の余生は不景気と共にありそうだ。
いきおい消費マインドもどんどん萎んでしまうのである。









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Count Basie 2号
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