THE CHRISTMAS SONG

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No.492 2016.12.1





ウィリアムス浩子さんのクリスマスCDが届いた。
本当に素敵なお声である。
そして歌がお上手だ。
普通にサラッと歌っただけでオーケー、上手く聞こえるように頑張る必要がない。
こういう人も珍しいよ。
ジャズボーカルというと皆妙に構えてしまい、特に日本の歌手はおかしな事になりがちだ。
更に彼女の場合声がいいだけでなく音程が正確だから、気持ちよく安心して聴いていられる。
ただ今回は少し余所行きになり過ぎたかもしれないな。
クリスマスアルバムともなると、どうしたって多少は力が入るのもしょうがないだろう。
それと個人的には彼女の中低音が好きなんだけれど、それも企画の性質故か限定的であり(つまり高音過多)残念だ。
ついでに言えばバックのアレンジが煩い。
時に歌の邪魔にすらなっている。
歌そのものがいいのだから、洒落臭いアレンジなんか不要だ。
せめてもう少し音量を下げるべきだった。
等々若干の不満もあるにはあるが、際立つ歌声の美しさが清算し納得させてしまう。
クリスマスソングは彼女の天職だ。
The Christmas Song をすべての人に。

あの人が生きていたら今日66歳になった。









Best Jazz 3

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No.493 2016.12.2





ソウル・フード(サイラス・チェスナット)JINRIKISHA(ジョーヘン)フォー・カール(石田幹雄)天国への階段(ロドリゴ・イ・ガブリエラ)ウィスパー・ノット(キース・ジャレット)ラ・フィエスタ(スタン・ゲッツ)などなど、「Best Jazz 3」にも語り尽した曲が並ぶ。
ここに本作「KOJIKANATSURU」の"F"を入れたのは有名だからではなかった。
小島良喜(p)金澤英明(b)鶴谷智生(ds)のアタマを繋ぎ合わせてコジカナツル。
むしろ個人的には存じ上げなかったが、業界で名の通った手練れミュージシャンが組んだピアノトリオなのであった。
河原町三条のRAGから出た本作のライナーに、井上陽水氏や浜田省吾氏やギタリストのCHARなんかが一文を寄せている。
きっと彼らのバックでいい仕事をしたのだろう。
しかしそれは開封して初めて分かること。
このCDをレジまで持って行った私は勇気があった、というか何を考えていたのか。
恐らく何も考えていなかったに違いない。
何しろ当時、年間500枚以上買っていたからな。
どんな買い方だったか大体想像がつくと思う。
このCDとにかく音がいい。
これ以上音のいいCDを知らないというくらい音が良いのだが、残念ながら既に廃盤となっているようだ。








QF-16

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No.494 2016.12.3





どこから見てもF-16ファイティングファルコンだ。
だが当機、偉大なベストセラー戦闘機F-16ではない。
巨大ドローンとでも言うべき無人機、QF-16なのである。
QF-16が任務につく時、彼はもう二度と帰還することはない。
何故ならミサイル標的機なのだから。
オペレーターが地上で遠隔操作し、必死に逃げ回るが最後は必ず撃墜されてしまう。
無論反撃も許されていない。
というより武装していないだろう。
そしてもしかしたら技術的な問題で着陸は出来ないのかもしれない。
離陸よりも着陸の方がずっと難度が高いという。
QF-16の最後を考えると少し切ない。
特に私以上の年齢の日本人なら、もっと悲しいものを想起せずにいられないだろう。
それにしてもアメリカ軍の発想は凄い。
残念だが我が自衛隊には思いもよらないのではないか。
アメリカという国がいかに広いかという証でもある。
ある空域とその周辺の広大な無人地帯の地上があり、さらにそれを完全に封鎖しなければ出来ないことだ。
そこに何十億もするだろう無人機を飛ばし実際に撃墜してみる。
確かに理想的なミサイル開発のやり方だが。
こんな国と戦い一時的にせよ優勢だったのだから、帝国海軍は大したものだった。
そしてあのような結末もやはり自明の事だったのだ。
それを改めて思い知った。
有人戦闘機の時代が終焉に向かいつつある。
戦闘機パイロットはいずれ失業するだろう。









Best Jazz 4

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No.495 2016.12.4





「Best Jazz 4」の18曲について殆ど語り尽していた。
残っていた「夜が明けたら(浅川マキ)」なんかだと、なんでそれがジャズ?とかの話になるだろうから、ここはジャネット・サイデル「スパニッシュ・ハーレム」だろう。
この曲を「Jazz Bar2002」で聴き、出元となった「The Art Of Lounge 2」を購入しようと検索したのである。
ところが「・・・2」既になく、「・・・1」と合体して二枚組になっていた。同じ価格で。
しかしながら私は「・・・1」を所有しており、どうしても「・・・2」を手に入れようとすれば二重に買う羽目になる。
なんだか酷く理不尽な扱いを受けた気がした。
だから二枚組購入に至らず、モヤモヤを残したまま沙汰止みとなった「スパニッシュ・ハーレム」であった。
よくはないがこうした事が時々ある。
レコード会社もいい加減なもので、ジャケットもタイトルも違う同じ中身のモノを掴まされた事だって何度もある。
どうやらそれを背信行為と考えていないらしい。
だが一定の正義はあるもので、そういった会社大抵潰れてしまうようである。









Best Jazz 5

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No.496 2016.12.5





「Best Jazz 5」一曲目がこれ、アート・ペッパー「You'd Be So NiceTo Come Home To」だ。
「The Rhythm Section」とは、当時のマイルスバンドのリズムセクション(レッド・ガーランド(p)ポール・チェンバース(b)フィリー・ジョー・ジョーンズ(ds))の事で、彼らが西海岸へ来たついでにペッパーと一枚吹き込もうという話だった。
この時なぜかすっかりビビッたペッパー、薬でばっちりキメて収録に臨んだというのが伝説となっている。
この場合の薬はヘロインだが、日本で比較的容易に入手出来る別の薬でまた騒ぎになった。
どうも言動が普通じゃなかったようだ。
これは私も実際に見た経験がある。
昔ある生活保護受給者にアパートをお世話した。
後日大家さんから電話があり、その人が包丁を持って便所にたてこもり迷惑しているのでなんとかしてほしいと言うのである。
困った私は保証人に連絡を取ってみた。
すると保証人というのがどこかの組の姐さんで、若い衆を連れてやってくると有無を言わさず便所から引きずり出しどこかへ連れ去った。
あの男の運命はどうなったのだろう。
それが今でも少し気になっている。
あの時大家さんが電話すべきは警察だったんじゃないか。
警察なら山に埋めてしまうような事もないだろう。
どうも年寄りは警察沙汰を恐れるようだ。
尚、酒を飲んで言動が普通じゃなくなる人もいるが、こちらは合法である為あまり大きな問題にならない。









Best Jazz 6

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No.497 2016.12.6





「6」も語り尽くされていた。
だがこのSIDEで一番の長尺「ケルンコンサート」への思い尽きず、リクエスト殺到で閉口した日々を懐かしく思い出している。
結局日本人はこういうのが好きなんだろうな。
分かりやすくちょっと格調高いケルンコンサート。
今になってクラシックも少し聴くようになり、私はこの曲との親和性がさらに高まった。
ジャズピアノとしては例外的に残響音の多い録音が特徴で、おそらく誰しも美しいピアノの響きに心癒される。
ところが実際の現場は楽器の状態が悪く、使用できない鍵盤があったと聞いている。
キース・ジャレットは巧みにそのキーを避けて演奏したのだという。
そんな話を思い出しつつ、あらためて聴いてみた。
即興自体が怪しい、事前に何らかの準備があったのではないかと言う人すら当時いたこの演奏である。
それほど美しいという事でもあるのだろう。
凡夫の僻見を呼ぶほどに出来過ぎていたのだ。
1975年1月24日、この日ケルンにピアノの神が降臨した。
あれから40年経った今、私はこの曲のリクエストをもう拒まない。








吹雪の駐車違反

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No.498 2016.12.7





朝から吹雪いていた。
この日大事な契約があって、天候にかかわらず行かなければならなかった。
ただ場所が悪く周囲に駐車場がない。
とはいえ現金抱えて徒歩はない。
どうしたって車で行くしかないのである。
まあこの天候だ、ちょっと中通りに停めておけば大丈夫だろう。
順調に契約が完了し車に戻ると貼られていた。
小一時間、その熱意と素早さに脱帽だ。
聞くところによると、このまま放置しておけば違反金の納付書が送られてくるという。
それを払っておしまいらしい。
免許の点数に影響ないとの事だ。
それなら仕方ないと納得した。
これは必要経費だったのだ。



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ニイタカヤマノボレ

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No.499 2016.12.8





1941年12月2日、大本営は暗号電文「ニイタカヤマノボレ1208」を打電した。
これは日米交渉が最終的に不調となり、ハワイへ向かっていた帝国海軍の機動部隊へ開戦決定を伝えるものだった。
ニイタカヤマは当時日本領だった台湾の最高峰新高山(現玉山)である。
そして75年前の本日未明、現地時間12月7日朝、帝国海軍の空母機動部隊が送った攻撃隊はまったく米軍機に遭遇せず、無傷でオアフ島真珠湾の上空に到達する。
この時攻撃隊が打電した「トラ・トラ・トラ」は攻撃の成功を伝えたのではなく、奇襲が上手くいったことを伝えたものだ。
もしも奇襲にならなかった時は強襲の予定だったのである。
対するアメリカ海軍は日本軍の攻撃開始後平文で打電している。
「Air Raid Pearl Harbor. This Is Not Drill(真珠湾が空襲されている。これは演習ではない)」
真珠湾での戦いは一応日本の一方的な勝利で終わった。
しかし戦略的に得たものは何もなく、騙し討ちの汚名を被った挙句、ただアメリカ参戦の後押しをしただけだった。
本件について言われる謀略説、つまりアメリカ側中枢は日本軍の攻撃を把握していたとする説は多分正しいだろう。
たとえそうでも、戦死者(この場合犠牲者でもある)の手前、今後も真相が語られることはあるまい。









Best Jazz 7

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No.500 2016.12.9





「Best Jazz 7」12曲目にヨーロピアン・ジャズ・トリオの「White Christmas」が入っている。
ピアニストがカレル・ボエリーではなく、その前のマーク・ヴァン・ローンである。
コアなジャズファンがあまり相手にしない類の音楽だが堅いことを言うな。
聴いて良ければそれで良し。
「彼らはジャズのスタンダードを始めとし、ポップスやクラシックまでもエレガントで繊細なジャズとして演奏してしまうオランダ出身のピアノ・トリオです」
と、ライナーも力が抜けていい感じだ。
「もしサンタクロースになれるなら、舞い散る雪を掴もうとしたその手の中に、小さな幸せも落としてあげたい・・・・あなたにヨーロピアン・ジャズ・トリオのクリスマス・ソングを。どうか素敵なクリスマスでありますように」
とのことです。
この曲の最後の6音にちょっと感心した。
続く5音を省略したセンスに。
スティービーワンダーが「The Christmas Song」で同じようなことをやったが、こちらは11音全て使っている。
この辺が白人と黒人の差だろうか。








Best Jazz 8

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No.501 2016.12.10





「Best Jazz 8」の11曲目にこの曲、ジェリー・マリガンとチェット・ベイカーの「木の葉の子守唄」である。
ピアノレス編成は下手すると間がもてないスカスカの演奏にもなるが、ジェリー・マリガン・カルテットは緻密なアンサンブルで聴かせる。
バリトン・サックスが持つ音そのものの魅力も大きいが、やはりマリガンの音楽家としての素養だろう。
チェット・ベイカーだけならこんな風に知的な感じにならない。
初めて買ったジャズのレコードがジェリー・マリガンの「JERU」だった。
こちらにはピアノのトミー・フラナガンが参加している。
ステレオ廉価盤で1300円だった。
当時はそれでも思い切った買い物だったのだ。
10代の私はジェリー・マリガンなんて名前を聞いたこともなかったからだ。
だがこれを買って良かったと思った。
正確に言えば、買ったからにはそう思えるまで聴き込んだ。
けれども女性に電話する時にありがちな義務感のようなものではない。
音に惹かれたのだ。
初めて聴くバリトン・サックスの音に。
その後モノラルのオリジナル盤を買い、ステレオ盤を私はどうやら売ってしまったようだ。
この事を少し後悔している。
レコードを売るものではない。
況んや此れ打ち棄てるをや。
思い出のある盤は特に、一生手元に置いておくべきだと思った。










F/A-18

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No.502 2016.12.11





高知沖に墜落した米海兵隊FA-18のパイロットは助からなかった。
軍用機は運用・性能ともに安全性を最重視しないので、当然民間機より墜落しやすい。
レーシングカーの高事故率と同じことだろう。
FA-18のFはファイター(戦闘機)Aはアタッカー(攻撃機)のことで、FA-18は一つの機体で両方を兼ねるマルチロール機ということになる。
これ自体特に珍しいことではないが、正式な名称として明記するのは珍しい。
墜落した機体の型が不明であるが、海兵隊が運用するFA-18はA型からD型までの「レガシーホーネット」で、海軍配備のスーパーホーネットではない。
1996年のアメリカ映画「インディペンスデイ」で、大統領が搭乗し指揮した編隊がFA-18だった。
事故機が最古のA型であれば80年代初頭の生産となり、一番新しくても20世紀末である。
つまり40才近い老体の可能性がある訳だ。
これもひとえにF-35の開発遅延が影響している。
現代の新型戦闘機開発は非常に難儀な仕事だ。
やっと実戦配備が始まったばかりのF-35が海兵隊にまで行き渡るのはずっと先の事だろう。
海兵隊に最新鋭機がまわって来ない理由様々あろうが、主な用途が対地支援であれば当然とも言える。
海兵隊のFA-18は今後10年以上先まで退役しないので、もし今回の事故が老朽化によるものなら、同様の事故が今後も続く可能性がある。
しかしこれは他人事ではない。
空自の場合更に旧式のF-4が未だ現役なのだ。









Best Jazz 9

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No.503 2016.12.12





「Best Jaz 9」11曲目はセジュ・デラート「ECLYPSO」である。
トミー・フラナガンが作曲し、あの「OVERSEAS」に収録された名曲だ。
無論本家でもよかったが、セルジュ・デラートバージョンのイントロが好きだったので、敢えてこちらとした。
ジャケットで分かる澤野商会盤だ。
2011年9月に澤野さんを訪ねたことがある。
同好の者同士話が弾むかと思いきや案外そうでもなかった。
今さらあらたまってジャズの話でもない気がした。
自分のコミュニケーション能力には元々疑問を感じていたが、そうなると益々話すこともなく、いったい何しに行ったのか分からなかった。
そんな私を見て「コミュニケーション能力に脱帽した」という者があり驚いた。
先日息子の結婚相手の両親との顔合わせがあり、その後息子がメールでそう言ってきたのだった。
子供のために仕方なく頑張った父を気遣ったのか。
このような場面に出来る事なら一生遭遇したくなかったと、経験した人は皆そう思うだろう。
まして相手方があまり関わりたくないタイプの人なら尚更だ。
殆ど口を開かなかった妻が、あとで「疲れた」を連発していた。









Jazz Bar 2016

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No.504 2016.12.13





今年も出ました「Jazz Bar 2016」。
しかしだ、私は何を言えば良いのか困っている。
殆どのトラックがピアノトリオだ。
そうじゃなくてもパーカッションが入っている程度。
テナーもギターもボーカルもない。
これで三年連続である。
それも同じような曲調が並び聴き飽きる。
昔の Jazz Bar を知る者として寂しくなった。
どうしちゃったの寺島さん。
ライナーで世界的にいい曲が枯渇していると言っておられる。
いい曲が寺島さんの心に届かなくなったのか。
だからと言って三年連続ピアノトリオはないだろう。
私はピアノトリオが好きな方だと思う。
でもピアノトリオだけが好きな訳じゃない。
誰か意見するヤツがいなかったのか。
それとも寺島さんが耳を貸さないのか。
本当に言い辛いが、もうやめた方がいいんじゃないかと思った。






第九の季節

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No.505 2016.12.14





今年半世紀ぶりに戦闘航空団が新設された。
七つ目の実戦部隊(静岡の第一、宮城の第四は訓練を実施)となる那覇の第九航空団であり、既存の南西航空混成団を拡大したものだ。
これにより隷下に二個飛行隊を有し、F-15の40機態勢となった。
とはいえ高価なF-15が急に増える筈もなく、他所から引き抜いた形なのだが、これは現状やむを得ないだろう。
現在年間約1000回あるスクランブルの六割が、この空域で起きる中国機を対象としたものだからだ。
限られた防衛費の中で戦闘機をやり繰りするしかないのである。
その結果首都圏防衛を担う百里基地の第七航空団では、所属する二個飛行隊の機体が「ファントム無頼」の頃と変わらず「まだあったの!」と米軍パイロットが驚くというF-4なのである。
こうして千歳の第二や小松の第六に比肩する戦力となった南西方面であったが、しかし第九航空団が置かれた那覇空港は、2020年に第二滑走路が出来るまで滑走路一本の官民両用飛行場となっている。
観光客を満載した787が離陸するまで、F-15はスクランブル発進を待たされるかもしれないのだ。
おまけに天候急変時などに代替着陸できる飛行場もない。
唯一米軍の嘉手納基地があるにはあるが、これは近すぎてあまり意味がない。
那覇が悪天候なら嘉手納も同じと考えられるからだ。
これら弱点を抱えながらスタートした第九航空団であるが、それでも中国の脅威に対する備えが強化された点を評価したい。










風呂に入ったことも

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No.506 2016.12.15





母を連れ定山渓温泉へ。
今回は我が家と弟夫婦が同行し、介護に関わっている全員の意見交換をも目的としていた。
ところが弟の妻が当日ドタキャンし四人となった。
ジープに母と妻を乗せ3時過ぎに宿に着く。
弟は少し遅れて一人で来ることになっていた。
部屋に大きな内風呂があり、大浴場があまり大きくないことでもあるので、母親は部屋で風呂に入ることになった。
その間我々は居間で待っていた。
長い風呂だった。母は30分以上入っていた。
途中で心配になり二度ばかり妻が様子を見に行った。
やがて「気持ちよかったわ」と母が出て来たので、我々も風呂へ行くことにした。
途中の廊下で到着した弟に逢う。
男風呂に他の客は一人もいなかった。
夕食の予約時間がせまっていたので、あまりゆっくり出来ない。
薄暗い洗い場に並んだ三本のボトルのどれがボディソープか分からず、当てずっぽうに使ったら全く泡が立たない。
これは多分リンスだろう。
従って残りのどちらかがボディソープだと思われた。
片方を使ってみたら泡立つ。
しかしシャンプーだって泡立つだろうから何とも言えなかったが、今日のところはこれでよしとした。
館内着の作務衣に着替え食事に行った。
量的にけして少なくないボリュームの懐石料理を母はきれいに完食。
おまけのフグまで全部食べた。
美味しいものならちゃんと食べることが判明した訳だ。
毎日ここで暮らせば体重も40キロに戻るのだろうか。
食後、今日は温泉に来てまだ風呂に入っていないので、これから大浴場に行きたいと母。
さっきあんなに長湯したことを母は忘れていた。
症状が進むと我々の顔も分からなくなるのかもしれない。









Best Jazz 10

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No.507 2016.12.16





Best Jazz シリーズラスト曲に「You Don't Know What Love Is」を入れた。
ソニー・ロリンズのサキソフォン・コロッサスである。
ジャズはこれ一枚あればそれでいいんじゃないか、そんな風に思わせる盤が100枚くらいある。
結局一枚で済まないということだが、サキコロもそうした錯覚を一瞬起こさせる偉大な一枚だ。
そんなサキコロから「セント・トーマス」でも「モリタート」でもなくこの曲を選んだ理由、それは音である。
冒頭の数音。
初心者だった私はこれで完全に参りました。
ピアニストがまたもトミフラとかの話なんて付け足しみたいなものだった。
それにしてもかっこいいジャケットだ。
惚れ惚れする。
あれから40年経っても、かっこいいものは相変わらずかっこいい。
その一方で最後のジャズジャイアント、ソニー・ロリンズも今や86歳になった。
ロリンズ以外もう皆死んでしまった。






Horn Side 1

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No.508 2016.12.17





「Horn Side 1」二曲目に入れたこの曲、ベニー・ゴルソン作曲「Whisper Not」が好きだ。
なかでもアート・ファーマーとジム・ホールがCTIに吹き込んだ本作がとりわけ洒脱で良い。
小粋なマイク・マイニエリ(vib)の隠し味が効いている。
こういうのを聴くとジャズっていいな、と改めてしみじみと思うのである。
唯一サビの部分を普通にやってくれても良かったけれど、結局は曲だ。曲の良さで聴かせてしまう。
誰が聴いても納得する出来の良さがある。
先日寺島さんの「Jazz Bar 2016」に因縁をつけた。
いい曲がないなんて泣き言を言うから。
昨今確かにベニー・ゴルソン諸作に匹敵する名曲があるかと言えばない。
でもそれでいいような気がするのだ私は。
もういいんじゃないかな。
無理に探すこともない。
いい曲はもう十分にあるもの。
手持ちのいい曲だけを聴き続けても、一生もつと思う2016年末の今日この頃。








露助とはよく言ったものだと

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No.509 2016.12.18





平和条約締結後の歯舞・色丹引渡しを明記した1956年日ソ共同宣言について、「主権を返すとは書いてない」そのようにプーチン氏が言ったそうだ。
なるほどそうきたか。
共同宣言に対して自らハードルを上げ「四島返還」を言い出した我が国だった。
むしろ謙虚過ぎるのであって本来それが正論である、それで良かったのだと私は思う。
どっちみち返ってなど来る筈がないからだ。
だったらもういいじゃないか。
もういい、まともに相手をする輩ではないという事だ。
北方領土がこのままでもロシアは困らない、困るのは日本だと鈴木宗男氏が言っていたが本当にそうか。
元島民の皆さんには申し訳ないけれども、千島の小島が返って来なくても日本は一切困らない。
むしろ現状に変化がない場合困るのは現在の住民だけだ。
3000億の経済協力なんて絶対やめるべきだ。
あの時火事場泥棒そのままに我が国領土を侵し民を殺したのがロシアだ。
今さら信頼出来るパートナーとなる訳もない。
泥棒に追い銭とはまさにこれである。










シンデレラボーイ

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No.510 2016.12.19





まさに隔世の感あり。
クラブワールドカップの前身であったトヨタカップが日本で行われていた頃、日本のクラブチームはまったく相手にされず近寄ることも許されなかった。
欧州チャンピオンと南米チャンピオンが出会う場であり、閉ざされたその場所は謂わばお城の舞踏会だった。
それじゃああんまりだろうというので、クラブワールドカップとなり、アジアチャンピオン・アフリカチャンピオンらが出場する六大陸王者戦となったが、結局は準決勝から出てくる欧州チャンピオンと南米チャンピオンの戦いとなっていた。
今回開催国枠の鹿島は一回戦からの出場となり、大きなハンデを背負っていたが、オークランドシティ(オセアニア)・マメロディ・サンダウンズ(アフリカ)・アトレチコ・ナシオナル(南米)を破り、レアル・マドリードとの決勝にコマを進めたのである。
はっきり言ってレアルは鹿島をなめていただろう。
前半9分に先制され「やっぱりダメか」と当然私も思ったものだ。
ところが柴崎の2ゴールで後半15分まで2-1とリードした鹿島だったのだ。
あのPKがなければ鹿島が勝っていた可能性が高い。
痛恨のPKだった。
だがそれが実力というものだ。
仕方がない。胸を張れアントラーズ、よく頑張った。









これも捨てがたい

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No.511 2016.12.20





除雪作業から戻ったら頭が変なことになっていた。
説明が難しいのだが、どうもつながりが悪いのだ。
知能指数が半分くらいになった感じとでも言えば良いのか。
物事の手順が分からなくなっている。
認知症というのはこんな感じかもしれない。
実はこの現象はじめてではない。
過去20年に数度あった。
最初は驚いて脳外を受診したが原因不明、一時的に海馬の血流が悪くなったのではないかと言われた。
大体数時間で元に戻った。
今回も午後にはなんとかなっていた。
でもいつか戻らなくなるのだろう。
母の気持ちが少し分かった。


「Horn Side 1」5曲目、ズート・シムズの「Nature Boy」。
ナット・キング・コールのヒットでジャズスタンダードとなった名曲だ。
この曲をテナーで普通に吹けばこうならざるを得ない。
問答無用、四の五の言わせない。
サックスっていいな~と嬉しくなる。
こねくり回し過ぎのコルトレーンバージョンより断然ズート盤。
せっかくの美旋律を破壊してどうする。
声質に少し疑問符が付くコニー・エヴィンソン嬢のテイクも、この際合わせて聴きたいところだ。
彼女のベストではなかろうか。
それもこれも曲の良さ故である。









明日か明後日か

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No.512 2016.12.21





お茶にすり替えたのだとか。背後から見ていた捜査官の目の前で。
これはもうアカンやろ、後々仇を取られるに決まっている。
恐らくは代理人の入れ知恵なんだろうが、本人のためにならないな。
この男いったいどうしたらいいのか。
自主的に入院して治療する手もあるがきっとしない。
入院すれば打てなくなるからだ。
私なんかも宴会の翌日などで少々具合悪くても、何のかんの言って夜になったら結局また飲んでしまう。
本格的に身体を壊すまで現実逃避するのが薬物依存の恐いところだ。
知る限りではきっぱりやめた知り合いの歯医者の例があるくらいで、アルコール性肝炎になって入院したある男なんか退院後すぐにまた飲んで間もなく死んだ。
簡単にやめられるものではないのは良く分かる。
だったら金はあるだろうから、それを持参金にあの国へ亡命するか。
原産国でもあるのだし今後入手に困らないだろう。
何とかいう楽団に楽曲提供すれば「好きなだけ打っていいよ」と厚遇されるかもしれない。
それにしてもこのような言い逃れを許す警察、手ぬるいというか何をしてんだと言われても仕方なかろう。
ドーピング検査の方がずっと厳しいのではないか。









Horn Side 2

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No.513 2016.12.22





「Horn Side 2」5曲目、これは以前他所で使ったネタだ。
しかしその後少し事情が変わった。
私が勝手にやった事だが、身内の人達にテーマソングを付けたのである。
ちょっと失礼だと感じる人もいるかもしれない。
でもまあいいじゃない、許されよ、私が一人で楽しんでいるだけだ。
そんな訳でこの曲が妻の妹のテーマソングなのである。
ハリー・アレン「When I Grow Too Old To Dream ~夢見る頃を過ぎても」特段深い意味などない。
ただの印象に過ぎないという事。
ところがこの曲を聴くと妹の顔が浮かんでくるようになるから不思議なものだ。
その姉(つまり妻)のテーマはエリック・ドルフィー「G.W.」に決まっている。
彼女この曲でジャズに目覚めたのだそうだ。
彼女らの母親のテーマがダスコ・ゴイコビッチの名曲「No Love Without Tears」。
私の母はペギー葉山の「学生時代」娘が「Eleanor Rigby」で息子が「Teach Your Children」だ。
ちなみに私自身にもテーマソングがある。
「While My Guitar Gently Weeps」みなただの思いつきだ。
何れについても苦情を受け付けていない。









ROGUE ONE

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No.514 2016.12.23





スターウォーズ外伝「ROGUE ONE」を見た。
スケジュールの都合上吹き替え版だった。
公開後10日も経っていないのにガラガラ。
私はテニスの疲れで三分ごとに瞼が重くなり、ストーリーを把握することも困難な有様だった。
だが明らかに本編と異なるタッチで描かれているのが分かる。
スターウォーズのエピソードでは、主な登場人物が戦闘で傷つくことなど滅多に起こらない。
まして余程の局面でもなければ戦死なんかあり得ない。
弾のほうで彼らを避けて飛んでいくようだ。
このようなリアリティのなさに、次第に不満を感じるようになっていったのは事実だ。
子供だましもいい加減にしろと。
そんなスターウォーズにあって「ROGUE ONE」で描かれる世界は本物の戦場であった。
そこで起きるのは身も蓋もないリアルな戦死の連続だ。
誰も助からない、鋼鉄のロボットですらが。
いくらなんでもやり過ぎじゃないのかと、勝手ながら思ったほどだった。
ディズニー映画として異例のことではないだろうか。
どちらがいいのか考えさせられる。
それはだから意図的なものかもしれない。
どちらがお好みですか?と問いかけられる気がしたのだ。
何れにせよ本作をもう一度見る必要がある。
今度は字幕にしようと思っている。
尚ローグ・ワンとは、ある輸送機のコールサインであった。



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雪のMerry Christmas Time!

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No.515 2016.12.24





プレゼントを選ぶのは大変だ。
指輪とかネックレスとか腕時計とか、その辺が定番だろうか。
でも年齢にもよるが、そんなのもう沢山持ってるという場合もあろうかと思われる。
安物をもらっても喜ばないかもしれないし。
ディナーをプレゼントするという提案があった。
しかしそれだけでは格好がつき難い。
花束?そんな柄じゃない。
合鍵をキーケースに入れて渡すというのもあった。
要らないと言われたらどうする。
それに既に同居している場合には該当しないよ。
昔「あなたは私のサンタじゃない」と言われたことがあったが、今では商品券で誤魔化している。
そんな私としてはCDで喜んでもらえたら有り難いけどな。
外せないクリスマスソングを三曲。
①サイモン&ガーファンクル「きよしこの夜~7時のニュース」
②エルビス・プレスリー「Blue Christmas」
③竹内まりや「The Christmas Song」
一緒に聴いてくれるかい?
Will You Still Need Me , Will You Still Feed Me
When I'm Sixty-Four









身体もたない

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No.516 2016.12.25





二日で1mほどの積雪。
それも湿った重い雪である。
やるしかない北国の冬だ。
一日三回の除雪作業で過去5年自己ベストの疲労。
免疫力低下で風邪までひいた。
そんな中、身内の若手を集め、顔合わせの宴会中のことだった。
近所のスズキさんが来て「助けて」と言う。
車がスタックしてもう二時間もあれこれやっているが脱出出来ないのだと。
仕方ない、手を貸そう。
黒のエルグランドは完全に腹がつき、亀の子状態だった。
JAFには全然繋がらない。
空転する前後のタイヤと小一時間格闘したが、人力で何とかなるような話ではなかった。
結局通り掛かりの車が引っ張ってくれ、やっと埒が明いた。
ホワイトクリスマスとか言って有難がるのは、普段雪なんか積もらない地方の人だけでしょう。
雪なんか一片も降らなくて結構。
コンディション最悪の今朝、テニスに行くべきか休むべきか悩ましい。
そういえば29日に忘年会も入っていたっけ。
ガイチよ、なにも29日にやらなくても・・・
とにかく今年の正月みたいに発熱で寝込み、年末年始が台無しになるのだけは避けたいところだ。










無理せず

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No.517 2016.12.26





風邪もそうだが体力的にどうかと思いながらも、体温が37度を下回っていたのでテニスに出掛けた。
膝の手術で休んでいたA男が復帰してきた。
そういう事であれば多少無理しても行って良かったと思った。
一方で元ピアノ教師で喫茶店のウェイトレスだったM嬢が、転倒による骨折で離脱していた。
みんな歳には勝てないのだ。
復帰したもののA男全然走れない。
こりゃあ当分ダメだろう。
M嬢も二週間で復帰すると言っていたが、メンバー内医局によれば無理じゃないかという事だ。
私も何やら変な咳が出る。
ゆっくり静養してまたやりましょう。



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Piano Side 1

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No.518 2016.12.27





「Piano Side 1」の11曲目に本田竹広の「You Don't Know What Love Is」を入れた。
本田の代表作「This Is Honda」は録音がいいので有名だ。
聴き応えのあるスタンダードに真正面から取り組んだ好感の持てる内容だった。
本田はこのあとフュージョンブームに乗ってネイティブ・サンを結成する。
サバンナ・ホットラインなんか結構好きだったな。
その頃本田の真似をして私もアフロヘアにしていた。
若気の至り以外のなにものでもない。
東京から京都までローカル列車を乗り継いで遊びに来た弟が、それを見て「オヤジが見たら泣くぞ兄貴」と言った。
それもそうだなと思い間もなくやめた。
昔から鋭い指摘をする弟だった。
アラカンとなった現在、メタボ・痛風・高血圧・高脂血症と私以上に生活習慣病の総合商社となっている。
身体を大事にしてくれよ。





フォースと共にあらんことを

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No.519 2016.12.28





レイア姫が亡くなった。
「ROGUE ONE」のラストに登場した彼女は昔のままの若々しさだった。
現在のCGはいとも簡単にそういう事を可能にする。
デス・スターの爆発で戦死し、実世界においても1994年に死去したターキン総督すらが「ROGUE ONE」において甦った。
だからレイア姫を今後登場させることも難しい話ではないだろう。
彼女はこれからもスクリーンの中で生き続ける。
実際の彼女を知らない者にとって、これは文字通り生きていることになろう。
ただ本人が知らないだけだ。
昨年公開された「フォースの覚醒」を見て老けた彼女に何より驚いた。
身体的に若い人は外見的にも若く見えるという。
レイア姫の生命力は残りわずかだった。
あの時点でそれが顕れていた。
まさしく運命という他ない。
人は生まれそして死ぬ。
フォースもそれを止めることはできない。
レイア姫享年60歳。










驚異的渋滞

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No.520 2016.12.29





母親を病院に連れて行く。
叔母夫婦も一緒に。
姉妹故か同じように循環器の疾患がある。
大雪後の札幌は道路が大変な事になっていた。
通院に何時間かかるか分からず、受診の予約時間に遅れるわけにはいかないので、私は早朝まだ真っ暗な時間に家を出た。
ところが母と叔母夫婦を乗せ案外順調に病院に着いた。
彼らが受診している間に、私は車を駐車場に置いたまま市電に乗り三越へ。
これは義母みっちゃんの誕生日プレゼントを買うためだ。
前日途中まで行き、あまりの渋滞に怯んで引き返していたのだ。
やっと思い通りの品を入手出来てよかった。
しかし病院からの帰りは大変だった。
通常の四倍、四時間もかかったのである。
三人を送り、我が家に着いたら真っ暗になっていた。








BOSSA2016

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No.521 2016.12.30





宴会の前に寄るBOSSAも今年最後だろう。
案外入っていた。
二人連れのお嬢さん、まるでお茶の間に居るような騒々しさだった。
続いて来店したカップルはジャズに負けじと声を張り上げる。
40年前なら考えられない光景である。
「お静かに」とか「会話禁止」などと書かれたカードをテーブルに置かれた筈だ。
でもそれは40年前だ。分かっている、時代は変わったのだ。
なにしろボブ・ディランがノーベル賞を受けるのだから。
店内にダイアナ・クラールが流れていた。
それに興味がなかったのか、カップルはスマホの音声を二人イヤホンで聴きだした。
いったい何しに来たのやら。
宴会でのHは食い足らなかったと思う。
私も最後に盛岡冷麺を追加したいところであった。
風邪気味なので二次会をパスして帰った。









順子のNATURE BOY

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No.522 2016.12.31





ゆく年くる年「Piano Side 2」6曲目に大西順子が弾く「Nature Boy」。
この曲は「The Junglar」や「B-Rush」と共にあの「WOW」にひっそり入っている。
万単位で売れピアニスト大西順子の存在を不動のものとしたデビュー盤から20年以上が過ぎ、過日引退を表明していた彼女が今年新譜を出した。
だが私はそれを聴いてみようと思えずにいる。
結婚して札幌で暮らしているとの噂があった。
事実ジャズシーンから姿を消していた時期に、田舎の野外ステージに突然現れたことがあった。
二曲ほどサラッと弾き、呆気にとられる聴衆を残して彼女はステージを降りた。
弾きたい時に弾き、弾きたくなければ弾かない、生活のために弾くことは特にないと彼女の背中がそう言っていた。
それでいいんじゃないか、ツンデレ順子。
私も聴きたい時だけ、聴きたい曲だけ聴かせてもらうとしよう。







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Count Basie 2号
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