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ドーハの悲劇

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No.1186 2018.10.28





あれから四半世紀が過ぎていた。1993年10月28日、カタールのアル・アリ競技場。サッカー日本代表はワールドカップアメリカ大会の最終予選最終試合をイラクと戦い、2-2で引き分けた。この試合前の時点において、日本は勝ち点5(得失点差+3)で首位だった。ただし2位のサウジが同じく勝ち点5(得失点差+1)、3位韓国勝ち点4(得失点差+2)、4位イラク勝ち点4(得失点差±0)、5位イラン勝ち点4(得失点差-2)と続き、既に敗退が決まっていた6位北朝鮮以外のチームには、事実上十分にチャンスが残された状態だった。
当時のアジア枠僅かに2。本戦に行けるチームは、最終予選に残った6か国のうち上位2国のみである。何が起こるかわからな最終戦の三試合が同時刻にスタートした。後半ロスタイムに入るまで、日本は2-1で勝っていた。このまま試合を終わらせる事が出来れば、日本のワールドカップ初出場が決まる。日本中の俄サッカーファンがテレビにかじりついてその時を待った。深夜の時間帯にもかかわらず、中継したテレビ東京の視聴率は50%近い数字となり、現在に至るもその記録は破られていない。
そしてあの時が来たのである。既に他会場の試合は終了しており、サウジがイランに勝って勝ち点を7とした事、韓国が北朝鮮に3-0で勝ち、勝ち点を6まで積み上げて日本に並んだ上に、得失点差で上回った事が分かっていた。多くの日本人が、サッカーの怖さと面白さをこの時知った。私もその一人だ。
帰国した彼らを数百人の暖かい声援が成田空港で出迎えた。ここでブーイングされる時が日本の本当のスタートラインだ。イラクの同点ゴールを呆然と見送ったGK松永成立はそう思ったという。
現日本代表監督の森保一氏が、この試合にボランチでフル出場している。次のフランス大会で世に出ることになる、中田英寿氏はまだ高校生だった。










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