てなもんや雪印

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No.589 2017.3.8





弥生三月まだまだ雪は降る。
まして上旬であれば普通に降るが、日差し既に春。
新雪は陽光に弱くすぐに融ける。
事実表通りでは朝9時既に、全面的にアスファルトが出ていた。
富士の高嶺に降る雪も、京都先斗町に降る雪も、北海道札幌に降る雪も、とけて流れりゃ皆同じなんである。
そんな儚い雪の結晶をシンボルマークとし、北海道を代表する大企業だった雪印が勢いを失って久しい。
契機となった2001年9月、BSE(狂牛病)対策として行われた農林水産省の国産牛肉買取り事業につけ込み、安価な輸入牛肉を国産と偽装する補助金詐取発覚に衰退の端を発した。
あの時なぜあんなことを?というような過ちは誰にでもあるものだが、バレずに墓場まで持っていく事もあれば思った以上に大事になってしまう事もある。
雪印は後者だった。不買運動が起きスーパーが陳列を見合わせ、雪印株の暴落に繋がっていった。
あれよあれよと2005年雪印食品が破綻、やがて雪印全体が解体される。
この時メグミルクが誕生、アイスクリームはロッテに吸収された。
1961年札幌の駅前通りに誕生した雪印パーラーにちょっとした思い出がある。
どういう経緯でそうなったか知らないが、お店のパンフレットに写真を載せたいというので、私たち兄弟が父に連れられて行ったことがあった。
サスペンダー付きの半ズボンに革靴、ワイシャツに蝶ネクタイと、まるで白木みのるそのままの装いで出掛け、雪印パーラーの二階にて手厚くもてなされることになったのである。
アイスクリームやパフェがどんどん出て来て、どうぞ好きなだけ食べてくださいという夢のようないいお話なのだが、普段見たこともないご馳走を前に兄弟が完全に舞い上がってしまったのは無理もなかったと思う。
アイスクリームやケーキを食べに食べ、とうとう具合が悪くなって私は吐いた。
その時の写真がパンフレットに採用された形跡はない。
この事件がトラウマとなったか、スイーツなどという物体を私の身体は今も受け付けない。
半世紀以上の歴史に幕を下ろし、雪印パーラーは来月別の場所へ移転するという。











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No title

おもしろーい!
そんなエピソードがおありだったとは!!

Re: No title

SUさん、先日はどうも。
次第に思い出話が多くなっていくのもある程度仕方のないことです。
しかし哀れな年寄りになるには今少し早いかもしれません。
また飲みましょう。
モンペラごちそうさまでした。
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